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ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向

  1. このコラムは、国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)の2020年以降の枠組み(ポストSAICM)に関する議論に我が国の交渉官として参加している環境省大臣官房環境保健部環境安全課の吉崎仁志課長補佐に、ポストSAICMの枠組みに関するこれまでの検討状況と今後の動向について執筆いただきました。
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目次

第1回 ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向 (1)

1.はじめに

  2006年に採択された「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM:Strategic Approach to International Chemicals Management)は目標期限としていた2020年を迎え、現在、2020年以降の枠組み(ポストSAICM)に関する議論が行われている。新型コロナウィルス感染症拡大の影響により、当初予定していた2020年の採択は大幅に遅れたが、2022年8月29日~9月2日にルーマニアにおいて第4回会期間プロセス会合が開催され、2023年の採択に向けた議論が加速することとなる。
  本稿では、ポストSAICMの交渉が中断していた間の状況と、第4回会期間プロセス会合における交渉用テキストのポイントについて解説する。

2.SAICMの概要・経緯

  SAICMは、2002年にヨハネスブルグサミットで設定された「2020年までに人の健康や環境への著しい影響を最小とする方法で化学物質が生産・使用されるようにする」という2020年目標の達成を目的としたものである。条約のような法的拘束力を持つものではなく、政府のほか国際機関、産業界、労働団体、市民社会等も参加するマルチステークホルダーの性格、環境だけでなく健康や労働などの部門も参加するマルチセクターの性格を持つ、自主的な枠組みである。
  SAICMの詳しい解説については、本「化学物質国際対応ネットワーク」中の他のコラムに譲るが、これまでに、条約で対処されていない新たな政策課題の特定と対応や、化学物質管理のための途上国の能力向上支援、様々なステークホルダー・セクターの情報の集約と協調等の取組が行われてきた。日本では、環境省をフォーカルポイントとして、SAICM国内実施計画を策定するとともに、化学物質と環境に関する政策対話等を通じた国内でのステークホルダーの連携を図ってきた。

3.ポストSAICMの検討に向けた経緯

  SAICMの目標期限である2020年を控え、2016年以降、ポストSAICMの交渉が行われてきた。2017年から2019年にかけて、毎年会期間プロセス会合が開催され、論点整理や交渉テキストの準備が進められてきた。
  しかし、2019年10月の第3回会期間プロセス会合後、新型コロナウィルス感染症の拡大に伴い、交渉スケジュールが大幅に遅延した。これによって生じた空白期間を利用し、2020年10月には、オンラインでの意見交換・相互理解の促進や代替テキストの検討を行うためのバーチャル作業グループ(VWG:Virtual Working Group)が4つのテーマ(ターゲット・指標・マイルストーン、ガバナンス、懸念される課題、資金)について設置され、精力的な検討が行われた。同グループの議論の経緯及び成果は、全てSAICM事務局のウェブサイト上で公開されている(SAICM事務局ウェブサイト)。一方で、2021年2月に前述のバーチャル作業グループの検討を終了した時点では、交渉再開の目途が立たず、約1年間、実質的に検討プロセスが中断していた。
  ポストSAICMの交渉が中断している中で、2022年2月~3月に開催されたUNEA5.2では、化学物質と廃棄物の適正管理及び汚染の防止に更に貢献する科学・政策パネルの設置に向けた公開作業部会の設置が決定するとともに、SAICM関連プロジェクトを実施するための途上国支援の基金(特別プログラム)の運用期限が延長され、また、2022年7月からの地球環境ファシリティ(GEF:Global Environment Facility)第8次増資期間における化学物質対策資金の割当額の増加が決定されるなど、交渉を取り巻く状況には変化が生じてきた。
  今回の第4回会期間プロセス会合では、2019年10月時点の交渉テキスト及び2020年10月~2021年2月のバーチャル作業グループの検討結果を基にしつつも、2022年に入ってからの状況の変化などを踏まえた交渉が想定される。

4.ポストSAICMの交渉用テキストのポイント

  全ての交渉用テキストの原文は、SAICM事務局ウェブサイト(SAICM事務局ウェブサイト)を参照いただきたい。本項では、ポイントに絞って説明する。

(1)ビジョン・スコープ・原則及びアプローチ

  これらの項目に関するテキストは、2019年10月時点のものである。
  スコープについては、SAICMのマルチステークホルダー、マルチセクターの性格を反映する文言となっているが、近年国際的な議論で使用される「chemicals and waste」の用語の「waste」が指す範囲については意見の集約が見られていない。
  原則及びアプローチについては、アジェンダ21やリオ宣言、ヨハネスブルグ実施計画、ドバイ宣言、持続可能な開発のための2030年アジェンダ等の既存の合意文書・宣言等を参照する形をとっている。

(2)戦略的目的・ターゲット・指標

  戦略的目的については、2019年10月時点のものである。バーチャル作業グループにおいてターゲット及び指標を取り扱ったが、指標については専門的な検討が必要とされ、主にはターゲットについて議論された。
  戦略的目的は、ライフサイクルを通した化学物質対策の特定・実施、知識・データ・情報等の創出・アクセス、懸念される課題の特定・対処、より安全な代替品等による利益の最大化とリスクの最小化、資金・非資金的な資源の動員やパートナーシップの組成、という5つの要素が挙げられているが、具体的な文言については合意されていない。
  また、ターゲットについては、各戦略的目的の下に位置づけられるターゲットが多く挙げられている(例えば、知識・データ・情報等の創出・アクセスに関しては、包括的な情報の生成とアクセシビリティ、評価・適正管理・リスク削減等のためのツール・ガイドライン等の使用、教育・研修・普及啓発の実施、ライフサイクルを通じた製品中化学物質情報の提供、GHSの実施・執行など)が、バーチャル作業グループの議論完了時点では、進捗管理が困難なもの、整理が不十分なもの等が混在している。
  このため、第4回会期間プロセス会合においては、戦略的目的とターゲットを一体的にとらえつつ、文章の整理を進めることが期待される。
  各ターゲットの進捗管理を行うための指標については、議論が進展しておらず、バーチャル作業グループでは、技術専門家グループの設置など更なる会期間作業が提案されている。

(3)組織的事項と実施支援メカニズム

  組織的事項については、2019年10月時点のものである。国際化学物質管理会議、ビューロー、事務局の役割・機能等が整理されており、多くのテキストで合意が得られたことから、バーチャル作業グループでは議論されなかった。未合意の事項は、会議の開催頻度やハイレベルセグメントの位置づけ、ビューローの構成などである。
  実施支援メカニズムのうち、国による実施、地域・セクター間の連携、セクター・ステークホルダーの関与の向上に関するテキストは、組織的事項と同様、2019年10月時点のものである。
  バーチャル作業グループでは、科学・政策インターフェースの強化や、ポストSAICMの進捗管理の方法について多くの時間を割いた。このうち、科学・政策インターフェースについては、先述のとおり2022年2月~3月のUNEAでの決定を受け、新たに独立した科学・政策パネルを設置することとなったが、ポストSAICMの交渉完了期限とのスケジュールの相違から、ポストSAICMと同パネルの関係性をどう整理するかは、議論が必要な状況である。
  ポストSAICMの進捗管理については、現行SAICMにおける報告率の低さが課題として認識され、改善案について議論された。作業の重複を排除した効率的な報告、国際機関等による情報を用いた補完、第三者による枠組み全体の評価などが位置付けられている。
  また、SAICMにおける新規政策課題に相当するIssues of Concern(懸念される課題)については、バーチャル作業グループにおいて申請・採択・実施のプロセスが整理されていった。本テーマの正式名称(ひいては取り扱う範囲)、採択に必要な科学的根拠の程度、採択後の実施体制等が主要な論点として残っているほか、現行SAICMにおける新規政策課題のポストSAICMでの取り扱いについて検討する必要がある。特に、2022年2月~3月のUNEAの決定を受けた科学・政策パネルが、本テーマと何らかの接点を持つことになるかは議論が必要になると見込まれる。具体的にどのような課題をポストSAICMで取り上げるかは議論の対象とはなっておらず、ポストSAICM交渉完了後に、ステークホルダーからの申請に基づいて特定されていくと想定される。

(4)資金

  本項目には、化学物質管理のための持続可能なファイナンス(化学物質管理の主流化、民間セクターの関与の強化、専用の基金)、事務局予算の確保、キャパシティビルディングが含まれる。バーチャル作業グループにおいて議論されたが、ほとんどの論点について議論が継続される見込みであり、また、新たな基金の創設については同グループでは検討対象から外れていた。バーチャル作業グループでは、具体的な交渉テキストはないものの、アフリカ地域やNGOから産業界からの拠出強化が提起されたほか、キャパシティビルディングについては、国際化学工業協会(ICCA)からもニーズと支援のマッチングに関する提案がなされた。また、専用の基金については、前述のUNEA決定やGEF第8次増資の決定を踏まえた議論が見込まれる。

5.最後に

  第4回会期間プロセス会合は、長期の空白期間を経て再開されるため、関係者の意見も変容している可能性があり、また、2022年に入ってからの状況の変化も加味すると議論の行方を予断することが極めて難しい。会合の結果と来年の第5回国際化学物質管理会議に向けた展望についても、会議終了後に紹介させていただく予定なので、参考にしていただければ幸いである。

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