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化学産業の持続可能な発展に向けての提案

  1. このコラムは、化学物質管理の専門家として、長年にわたりPOPs条約におけるPOPs検討委員会委員や環境省の「化学物質と環境円卓会議」及び「化学物質と環境に関する政策対話」の座長を務められてきました秋草学園短期大学学長の北野大氏に、これまでの豊富な経験を基にSDGs達成に向けて日本の化学産業界へ期待することについて執筆いただきました。
  2. このコラムに記載されている内容に関し、法的な対応等を保障するものではありませんのでご了承ください。
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目次

第1回 化学産業の持続可能な発展に向けての提案 (1)

【1】SDGsとは

  2001年にSDGs(持続可能な開発目標)の前身となるMDGs(ミレニアム開発目標)が国連で制定されました。これは2000年に採択された「国連ミレニアム宣言」を中心として1990年代に主な国際会議で議論された国際開発目標を統合したものです。この目標として開発途上国向けに2015年を期限とする8つの目標が設定されました。これらは、目標1)貧困・飢餓、2)初等教育、3)女性、4)乳幼児、5)妊産婦、6)疾病、7)環境、8)連帯、です。MDGsでは、例えば目標1)に関する極度の貧困の半減や目標6)に関するHIVやマラリア対策などでは目標を達成しましたが、目標4)及び5)に関する死亡率削減は未達成の項目でありました。

  SDGsはMDGsの後継として、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標で、図に示すように17のゴールと169のターゲットから構成されています。

SDGs

  その特徴は、
1)普遍性:発展途上国のみならず、先進国を含めすべての国が行動する。
2)包摂性:地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)。
3)参画型:すべてのステークホルダーが役割を果たす。
4)統合型:社会・経済・環境に統合的に取り組む。
5)透明性:定期的にフォローアップする。
です。

  SDGsの達成には行政のみならず企業の役割が問われており、一般社団法人日本経済団体連合会は、SDGsの達成に向けて、民間セクターに対しては創造性とイノベーションの発揮が強く求められているとの認識の下、SDGsの達成を柱として、2017年11月8日に企業行動憲章の第5回改訂を行いました。以下、参考までにその全文を示します。

企業行動憲章
― 持続可能な社会の実現のために ―

  企業は、公正かつ自由な競争の下、社会に有用な付加価値および雇用の創出と自律的で責任ある行動を通じて、持続可能な社会の実現を牽引する役割を担う。そのため企業は、国の内外において次の10原則に基づき、関係法令、国際ルールおよびその精神を遵守しつつ、高い倫理観をもって社会的責任を果たしていく。

  (持続可能な経済成長と社会的課題の解決)
1.イノベーションを通じて社会に有用で安全な商品・サービスを開発、提供し、持続可能な経済成長と社会的課題の解決を図る。

  (公正な事業慣行)
2.公正かつ自由な競争ならびに適正な取引、責任ある調達を行う。また、政治、行政との健全な関係を保つ。

  (公正な情報開示、ステークホルダーとの建設的対話)
3.企業情報を積極的、効果的かつ公正に開示し、企業をとりまく幅広いステークホルダーと建設的な対話を行い、企業価値の向上を図る。

  (人権の尊重)
4.すべての人々の人権を尊重する経営を行う。

  (消費者・顧客との信頼関係)
5.消費者・顧客に対して、商品・サービスに関する適切な情報提供、誠実なコミュニケーションを行い、満足と信頼を獲得する。

  (働き方の改革、職場環境の充実)
6.従業員の能力を高め、多様性、人格、個性を尊重する働き方を実現する。また、健康と安全に配慮した働きやすい職場環境を整備する。

  (環境問題への取り組み)
7.環境問題への取り組みは人類共通の課題であり、企業の存在と活動に必須の要件として、主体的に行動する。

  (社会参画と発展への貢献)
8.「良き企業市民」として、積極的に社会に参画し、その発展に貢献する。

  (危機管理の徹底)
9.市民生活や企業活動に脅威を与える反社会的勢力の行動やテロ、サイバー攻撃、自然災害等に備え、組織的な危機管理を徹底する。

  (経営トップの役割と本憲章の徹底)
10.経営トップは、本憲章の精神の実現が自らの役割であることを認識して経営にあたり、実効あるガバナンスを構築して社内、グループ企業に周知徹底を図る。あわせてサプライチェーンにも本憲章の精神に基づく行動を促す。また、本憲章の精神に反し社会からの信頼を失うような事態が発生した時には、経営トップが率先して問題解決、原因究明、再発防止等に努め、その責任を果たす。

  また、行動憲章の各原則とSDGsとの関係を以下のように示しています。以下、カッコ内の番号はSDGsゴールの番号を示します。
(8)働き甲斐も経済成長も・・・原則6が対応
(9)産業と技術革新の基盤を作ろう・・・原則1が対応
(10)人や国の不平等をなくそう・・・原則4が対応
(16)平和と公正をすべての人に・・・原則9が対応
(17)パートナーシップで目標を達成しよう・・・原則10が対応

  筆者はこれ以外にも、以下のようにSDGsゴールが対応すると考えます。
(1)貧困をなくそう・・・幅広い意味で原則1が対応
(2)飢餓をゼロに・・・幅広い意味で原則1が対応
(5)ジェンダー平等を実現しよう・・・原則6が対応
(12)つくる責任、使う責任・・・原則5が対応

  先に述べましたように、確かにSDGsの達成には官のみの力では足りず、経団連をはじめとした民の力が必須です。経団連の取り組みを評価するとともに、可能な範囲で、数値指標で進捗状況を示していただければと考えています。

【2】SDGsと化学産業の貢献(1)

  SDGsの17項目の中から特に化学との関わりのあるものについて紹介をし、著者の考えを述べることにします。カッコ内の番号はSDGsのゴール番号を示します。

  (2)飢餓をゼロに・・・飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する。
  ここでは8つのターゲットが示されています。この中で著者はターゲット2.4「2030年までに、生産性を向上させ、生産量を増やし、生態系を維持し、気候変動や極端な気象現象、干ばつ、洪水及びその他の災害に対する適応能力を向上させ、漸進的に土地と土壌の質を改善させるような、持続可能な食料生産システムを確保し、強靭(レジリエント)な農業を実践する。」に特に注目しています。このためには農薬の開発が必須といえます。
  一般の方に食の不安に関するアンケート調査をしますと、最も大きな不安要因として挙げられるのが残留農薬です。農薬に対しては一般消費者の無農薬または減農薬志向があるのは承知していますが、なぜこのような考え方を多くの人がするのでしょうか。
  それは農薬が自殺に使われたり、農薬を散布していたお百姓さんが事故で亡くなったり、またR.Carsonが著書「沈黙の春」の中で有機塩素系農薬の問題点を指摘したことなどの多くの理由があります。確かに、かつて「奇跡の薬品」といわれ、その殺虫効力の発見に対してノーベル賞まで受賞したDDTによる対象生物以外への強い毒性さらには環境残留性の問題、また人に対し強い急性毒性を持ったパラチオンや環境生物に対し同じように強い毒性のペンタクロロフェノールの問題などがあったのも事実です。また、昨今はネオニコチノイド系農薬によるミツバチへの影響などの問題が生じています。
  しかし、農薬の開発と適正な利用は、多くの農業従事者ばかりか、消費者にも安価で安定して農産物を供給するという恩恵をもたらしてきました。例えば、農業の3大外敵と言われる害虫に対する殺虫剤、病気に対する殺菌剤、雑草に対する除草剤の開発により、単位面積当たりの収量は増加し(例えば、コメの10a当たり収量は、江戸時代は約150kgでしたが、現在は約600kgに増加)、また除草については、除草剤が導入される前は10a当たり約50時間かかっていたのが現在では約2時間となっています。この事実は炎天下の除草という重労働から農業従事者を解放してきたことを意味します。
  ここでは、農薬とは何か、なぜ農薬が使われるのか、農薬の人の健康に対する影響はどのように調べているのか、虫には毒となる物質がなぜ人間には無害なのか、今後どのように農薬と向き合っていくべきかなどについて述べることにします。

  @農薬とは
  農薬を管理する法律に「農薬取締法」という法律があります。この名称を聞いたときに読者は違和感を覚えないでしょうか。取締法には大麻取締法、覚せい剤取締法、毒物劇物取締法などに見られるように、人の健康に有害な影響を与える物質を取り締まる法律があります。したがって、農薬取締法という名称はいかにも農薬が悪い物という先入観を与えがちです。
  この法律では農薬を以下のように定義しています。
  「農薬取締法の第一条の二:この法律において「農薬」とは、農作物を害する菌、線虫、だに、昆虫、ねずみその他の動植物又はウイルスの防除に用いられる殺菌剤、殺虫剤その他の薬剤及び農作物等の生理機能の増進又は抑制に用いられる成長促進剤、発芽抑制剤その他の薬剤をいう。」
  実際には、効目(薬効)、作物等への悪い影響(薬害)、作物への残留性、人や対象とする生物以外への安全性などが厳密な審査を経て合格し、国の登録を取得したものが農薬となります。この農薬の定義の中に除草剤という言葉が入っていませんが、この法律は昭和23年の制定で、当時は除草剤が開発されていなかったことがその理由です。現在はその他の薬剤という言葉の中に除草剤が含まれるとしています。
  ところで生態系ですが、生態系とはそれを構成する生物による生物的要因と空気、水、光などの非生物的要因が一定のまとまりをもったものを言います。また生物多様性という言葉がありますが、生態系はそれを構成する生物が多種であればあるほど安定します。農地は耕作作物以外のもの、例えば雑草はせっかくの作物用の肥料を横取りしたり、本来の目的の作物の生育の阻害要因にもなり、除草せねばなりません。このように耕作地は極めて単純な生態系になっていると言えます。したがって殺虫剤や除草剤などの農薬が必要になるわけです。このほか、農薬の必要な理由は農作業従事者の労働軽減という意味もあります。
  農業の3大外敵とは雑草、病気と害虫です。雑草の面では、真夏の炎天下に水田で雑草を除去する作業を考えてください。大変な重労働です。除草剤の開発と使用により、除草剤使用前には10a当たり約51時間かかっていた作業が、今では1.7時間に短縮されています。また稲の単位収量も有機リン剤の使用により明治から昭和初期では1ha当たり3トンであったものが、今では6.4トンにもなっています。地球の人口増加を考えた時、同じ面積から2倍以上の収量となるのは素晴らしいことと思いませんか。結論から言えば、必要だから使用しているわけです。農業という産業を考えたなら農薬なしではこの産業は成り立たないと言えます。

  A農薬は本当に毒性が強いのか。
  ヒトへの毒性には種々の面がありますが、例えばもっとも簡単な急性毒性で考えてみましょう。LD50といいますが、これは実験動物の体重1kg当たり、どれだけ摂取したら試験に用いた動物の半数が死ぬかというデータです。したがって、この値が小さいほど急性毒性が強いということになります。例えばフグの毒であるテトドロトキシンのLD50値は体重1kg当たり0.01mg、たばこに含まれるニコチンは50mg程度、農薬のEPNは25mg程度です。したがって、農薬は必ずしも毒性が強いわけではありません。

  B虫が死ぬのに、なぜ人間には安全?
  これには次のような理由があります。化学物質が作用するには一定の量が必要です。例えば食塩のLD50値は体重1kgあたり約3000mg、つまり食塩でも体重70kgの人が210gの食塩を一気に摂取すれば半分の人が死ぬわけです。虫の体重は1g以下なので、人間の体重とは1万〜10万倍以上の差がありますので、通常の殺虫作用をもたらす量では人に影響は出ないと言えます。あえて愚かな例を出せば虫は軽く踏んでも簡単に死にますが、人間は踏んだくらいでは死にません。
  より科学的な説明は作用機序といって、効き方が違うのです。蚊の駆除には現在はほとんどが合成ピレスロイドという天然の除虫菊に似た構造の薬物が使われています。ピレスロイドは人や家畜には比較的毒性が低く、蚊にはかなり毒性が強い物質です。なぜ、このような差が出るのか、これは哺乳動物の場合ピレスロイドが神経系に到達する前に分解されてしまうからです。このような種による毒性の差を選択毒性といいます。かつて、お百姓さんに影響を与えたパラチオンですが、人とラットの選択係数は2、ほとんど急性毒性は同じです。しかし、そのあとに開発されたスミチオンの選択係数は約250です。参考までにパラチオン(上)とスミチオン(下)の構造式を載せます。

パラチオン
スミチオン

  二つの構造式を比べてみてください。メチル基(―CH3)が1個入っただけで、選択係数が100倍以上も違ってきます。

  C残留基準
  農薬として登録されるためには哺乳動物を用いた種々の試験が行われ、餌だけを投与した群と全く変わらない、すなわち影響の出ない量、無毒性量を求めます。
  そして一般的には実験に用いた動物と人の種差を10、人の個体差を10とし、無毒性量の100分の1を一日摂取許容量とし、残留基準が決められます。簡単に言うと、例えばラットより200倍も大きな人間のほうが、100倍も感受性が高いとして基準を決めています。
  それでも農薬は嫌だと言う人への助言です。農薬は水洗いや調理の過程で15%から90%は除去され、また分解されます。よく洗って、葉物野菜なら外側の葉を除くなりし、十分に煮る、炒める、蒸すなどして安心して美味しく食べたらいかがでしょうか。
  また、地球温暖化に伴う耕作不適地の拡大、人口増加による耕地面積の減少、消費者の新鮮かつ安全性志向などへの対策として、人工光源を用いる植物工場での栽培があります。これは従来の「地産地消」ならぬ、お店で栽培し、そのお店で調理販売という「商産商消」とも言えるものです。各作物への適切な光源や肥料の開発など、農業分野との協力により化学の果たす大きな役割が期待されます。
  さらには、食品添加物の開発があります。確かに、かつてはタール系色素やAF2(フリルフラマイド)など、安全性に問題があり禁止された食品添加物もあったことは事実です。しかし、その役割は今更述べるまでもありませんが、例えば保存料などは、腐敗や変敗を防ぎ食中毒から人々の健康を守るばかりでなく、腐敗による食品の廃棄物の減少にも大きく貢献しています。大切なことは「天然物は安全、合成物は危険」などと食品添加物をひとまとめに忌避するのではなく、それがアスコルビン酸のようにこれまで長年人が食してきた食物の成分の一つであるのか、または新たに人により開発されたものなのか等の側面からの判断が必要です。寺田寅彦先生の言われる「正しく怖がる」ということを消費者は学ばねばなりません。

  次回(第2回)は、SDGsと化学産業の貢献について、SDGsゴール3以降の著者の考えを記述します。

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