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世界における化学物質管理制度の動向

  1. このコラムは、世界の化学物質管理法規制対応のコンサルタントとしてご活躍されている株式会社ハトケミジャパン代表取締役の宮地繁樹氏に、化学物質管理制度の歴史を振り返りながら、欧州や米国、東アジアなど、世界各地域や国における最新動向を俯瞰し、さらに今後の方向性について専門的観点から執筆いただきました。
  2. このコラムに記載されている内容に関し、法的な対応等を保障するものではありませんのでご了承ください。
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目次

第1回 世界における化学物質管理制度の動向 (1)new

1.はじめに

  現在、化学物質の管理に関する制度・規制は大きく動いています。我が国では令和3年7月に公表された「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書」を受け、労働安全衛生法が大きく変わろうとしているところです。また、「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」では、指定化学物質について大幅な見直しが行われ、令和5年度から変更されることになっています。動きがあるのは日本だけではありません。EUでは循環型経済を目指し、化学物質に関する各種の規制について見直しが行われています。

  このような動きは欧州や日本などに限られたものではありません。化学物質管理と云う面では後発である東南アジア諸国でも、GHSを基軸とした新たな化学物質管理制度の導入が進んでいます。各国はバラバラに制度を導入しているのでしょうか。それとも、ある一定の調和した動きがあるのでしょうか。そして、世界の化学物質管理制度は、今後、どのような方向に向かっていくのでしょうか。この総説では化学物質管理制度の歴史を振り返りながら、世界の動向を俯瞰し、そして今後の方向性を考えていきたいと思います。本総説は全二回で完結致します。今回はその第一回目となります。

2.化学物質管理制度の歴史的な背景

2.1 化審法の制定と経済協力開発機構

  先ず、化学物質管理制度の歴史的な背景を振り返ってみましょう。我が国の「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律 (化審法)」は1972年に制定されました。米国のTSCA (Toxic Substances Control Act)は1976年に制定され、欧州REACH規則の前法とも云える「指令67/548/EEC」は1967年の制定です。1970年代には、日・米・EUにおける、いわゆる「包括的な化学物質管理法」が出揃ったことになります。この三か国・地域が、長く世界の化学物質管理をリードしました。

  この当時、化学物質管理法及び制度の方向性及び整合性について大きな役割を果たしたのが「経済協力開発機構 (OECD: Organisation for Economic Co-operation and Development)」です。OECDは国連とは別の国際機関であり、欧米諸国、日本、韓国やオセアニア等の38カ国が参加しています。1970年当時、OECDの加盟国における化学品生産は、全世界の83%を占めていたそうです※1。当時、実質的に包括的な化学物質管理を行っていたのは日・米・EUだけだったこともあり、OECDの影響力は大きいものでした。この当時、OECDが定めた制度としては、OECDテストガイドラインやGLP、そして「安全性データの相互受入制度(MAD: Mutual Acceptance of Data)」等があります。

  皆さん、ご存じのように最近は中国や東南アジア諸国、ロシア、インドと云った国々の動きも重要になってきています。しかしながら、これらの国々はOECDに加盟していません。このため、OECDもその影響力を十分に行使できないところです。とは云っても、現在でもOECDの活動、そしてその影響力を無視することはできないでしょう。OECDテストガイドラインはOECD非加盟国においても用いられており、実質的な安全性試験法の世界標準になっています。タイはOECDに加盟はしていませんが、2020年、「安全性データの相互受入制度」に加入しました ※2。これによりタイ当局は、OECDテストガイドラインに従い、GLP下で実施された安全性試験データであれば、OECD加盟のどの国で実施されたものであっても受け入れることを意味します。つまり、タイは化学物質管理制度の導入について本気になってきているのです。この他、アジア諸国としては、現在、シンガポール、インド、そしてマレーシアが「安全性データの相互受入制度」に加入しています※3

  コロンビアは2020年にOECDに正式加盟しました。これが一つの契機となり、コロンビアは現在、既存化学物質名簿の作成に着手しているようです※4。また、今年の6月に開催された第42回国連GHS専門家小委員会会合では、GHSの国連レベルでの活動について、OECDの更なる関与について議論がなされています※5。このようにOECDは、以前程ではないにしても、主として実務的な面から、世界の化学物質管理を支えているのです。

2.2 地球サミットとAgenda 21

  次に国連の動きを見てみましょう。1992年、ブラジルのリオデジャネイロで地球サミットが開催されました。当時は未だ20世紀だった訳ですが、来たるべき21世紀に向けて、地球環境のために人類は何をすべきかについて話し合われました。ここで纏められたのが、国際的枠組みの行動計画であるAgenda21※6です。Agenda 21はその第19章がそのまま化学物質管理に充てられており、1990年代には化学物質管理の重要性がサミットレベルでも共有されていたことが解ります。

  Agenda 21の第19章において、GHSを2000年までに開発することが目標として定められました。実際、GHSの初版は2000年には少し遅れましたが、2003年には出版されています。後にも述べますが、このGHSが現在、そして今後の世界の化学物質管理制度の動向を考える上での鍵になるものと思います。また、ストックホルム条約やロッテルダム条約そのものもAgenda 21に記載された目標の結果と云うことができます。このように、経済的な面での先進国のみが加盟しているOECDではなく、新興国も含めた国連が化学物質管理について影響力を及ぼしてきました。化学物質管理が経済発展が先行している国だけの問題ではなくなってきた為、当然の流れです。

  しかしながら、OECDの決定と異なり、国連の活動には多くの場合、法的な拘束力はありません。このため、国連レベルでは大枠及び方向性を決めることに留まります。各国の政治的な体系等が異なるため、当然のことです。

2.3 2020年目標

  地球サミットから十年後の2002年、南アフリカのヨハネスブルグにおいて、第二の地球サミットとも云える「持続可能な開発に関する世界首脳会議」が開催されました。この会議では「持続可能な開発に関する世界首脳会議実施計画」が定められています。ここで決められたのが、聞いたことがある人も多いと思いますが、「2020年目標」です。これは正式には以下のようなものです※7

透明性のある科学的根拠に基づくリスク評価手順と科学的根拠に基づくリスク管理手順を用いて、化学物質が、人の健康と環境にもたらす著しい悪影響を最小化する方法で使用、生産されることを2020年までに達成することを目指す。

  この2020年目標によって、世界の化学物質管理制度は大きく牽引されました。欧州REACH規則の導入も2020年目標が後押ししました。また、化審法の平成23年改正も2020年目標が原動力です。このように世界の化学物質管理政策を引っ張った2020年目標ですが、今年はもう2022年です。コロナウィルス問題が続いているとは云え、当然ながら新たな目標の設定が必要となっています。

  この2020年以降の目標、Beyond 2020については、2020年にドイツで開催予定だった「第5回国際化学物質管理会議 (ICCM5)」で話し合われることになっていました。ICCMとはInternational Conference on Chemicals Managementの略で、「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ」、いわゆるSAICMの進捗を議論する会議です。しかしながら、長引くコロナ問題によりICCM5は延期されており※8、Beyond 2020についての明確な方向性が示されていない状況です。今後の世界における化学物質管理制度の動向を考える上で、ICCM5がBeyond 2020についてどのような目標・計画を立てるのかに注意する必要があります。

2.4 SDGs

  もう一つ忘れてはならないのが、皆さん良くご存じのSDGsです※9。SDGsはSustainable Development Goalsの略で、「持続可能な開発目標」と略されているようです。2015年に米国、ニューヨークで開催された「国連持続可能な開発サミット」で採択されたもので、今後、2030年までの行動計画が定められています。この行動計画は17個のGoalと、これを更に具体化した169個のTargetに分かれています。街中でも17個のGoalをアイコンにしたものを見かけることが多くなりました。

  化学物質管理に関係が深いものとしては、「3.すべての人に健康と福祉を」、「6.安全な水とトイレを世界中に」、そして「12.つくる責任、つかう責任」が挙げられます。また、労働安全衛生と云う観点からすると、「8.働きがいも経済成長も」も重要です。この他、化学物質が我々の生活に深く関与していることから、17個のGoal全てが化学物質管理に関係していると云ってよいでしょう。化学物質管理に特に関係が深いTargetを以下に示しています。Target12.4は2020年が期限になっていることに注意をして下さい。

3.9  2030年までに、有害化学物質、ならびに大気、水質及び土壌の汚染による死亡及び疾病の件数を大幅に減少させる

6.3  2030年までに、汚染の減少、投棄廃絶と有害な化学物質や物質の放出の最小化、未処理の排水の割合半減及び再生利用と安全な再利用を世界的規模で大幅に増加させることにより、水質を改善する。

12.4  2020年までに、合意された国際的な枠組みに従い、製品ライフサイクルを通じ、環境上適正な化学物質やすべての廃棄物の管理を実現し、人の健康や環境への悪影響を最小化するため、化学物質や廃棄物の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する。

  今後の化学物質管理の究極的な目標は、このSDGsに沿ったものになることは間違いないと思います。SDGsは、世界中の国々の化学物質管理政策の方向性を示している訳です。

3.GHS

3.1 GHSの導入

   今後の世界の化学物質管理制度を考える上で、おそらく最も重要なものがGHSです。GHSについては、皆さんよくご存じだと思います。SDSの基礎となるものでもあります。GHSは国連の出版物ではありますが、条約等で導入が義務付けられているものではありません。とは云っても、多くの国々でGHSの導入が行われてきています。2019年に国連が出版した資料※10によると、GHSを導入していない国はアフリカや中近東、インド、モンゴル等、一部の国に限られています。逆に云うと、これらの国以外は完全ではないにしてもGHSを自国の制度に取り入れている訳です。特に東南アジア諸国は、GHSを基軸にして新制度の導入や既存制度の改正を進めています。化学物質管理に関する新興国では、既存制度が不十分であるが故に、素早く制度が導入されることがあり、注意が必要です。

3.2 GHSの問題点

  国連GHS文書は2003年に初版が発行されて以来、二年おきに改訂版が発行されています。現在の最新版は2021年に発行された改訂第9版になります。当然ながら各版によって内容が僅かに異なるため、GHSを導入していると云っても、どの版を導入しているかによって、GHSの内容が異なることになります。また、GHSではBuilding Block Approach (選択的導入制度)が認められているため、国によって少しずつ内容が異なることがあります。更に欧州CLP規則のように強制分類リストを保有している国と、強制分類リストを持っていない国があります。加えて云うと、国連GHS文書には濃度限界として二つの数値が併記されている場合があるのですが、この場合、高い方の値を採用している国、低い方の値を採用している国、そしてどちらを採用するかを定めていない国があります。

  このようにGHSは化学物質の分類及び表示を世界的に調和するものですが、必ずしも完全に調和したものではありません。また、同一物質であったとしても、欧州CLP規則における強制分類リストのGHS区分と、我が国政府の専門家が分類している、いわゆる政府分類におけるGHS区分は必ずしも一致していません。ここ最近の国連GHS専門家小委員会会合の資料を見ますと、GHS分類に関するグローバルリストの作成について、毎回議論がなされていますが、大きな進捗は無いようです。

3.3 GHSの今後

  おそらくですが、今後もGHSが完全に調和することは無いでしょう。ではどうなるのかと云うことですが、今後はそれぞれ地域毎にGHSが整合・統合していくことと思います。例えば東南アジアでは東南アジア連合 (ASEAN)のRegulatory Cooperation Project※11においてASEAN諸国におけるGHS制度の整合化を進めています。ロシアを含むユーラシア経済連合 (EAEU)では、GHS制度を含めた化学物質管理規制を一本化する動きがあります※12。中近東では湾岸協力会議 (GCC)がGHS制度の整合化を進めているようです※13。南米では南米南部共同市場 (MERCOSUR)※14やアンデス共同体※15の枠組みの中でGHS制度の整合化が検討されています。アフリカでは、現在のところ、GHSを導入しているのは南アフリカのみのようですが、UNEP等がアフリカ諸国のGHS導入の支援を行っています※16

  このように現在、世界中の国々でGHSを含めた化学物質管理制度の導入が進められています。当面のところ、この動きは留まることは無いでしょう。そして注意すべきことは、制度の基軸となるGHSは完全に整合したものではないと云うことです。その一方で、国連GHS文書そのものも変わっていきます。先に述べましたように、国連GHS文書は二年に一度の頻度で改訂されていきます。おそらくですが、今後はQRコードや電子ラベル等も議論され、国連GHS文書に取り込まれていくでしょう。また、新しいクラスも増えていくと思います。EUは国連GHSの専門家小委員会に対して、内分泌攪乱性や陸生生物に対する毒性等を新たなクラスとして提案することを考えています※4

  私たちは国連及び諸外国のGHS制度から目を離すことはできません。現在のところ、世界のGHS制度を牽引しているのはEUであり、EU版のGHS規則である欧州CLP規則が世界のGHS制度に大きな影響を与えています。EUの動きには特に注意が必要でしょう。

4.まとめ

  今回は第一回目として、化学物質管理制度の歴史を振り返ると共に、GHSの動向について見てみました。化審法が制定されて以来、ほぼ五十年が経過しています。この間、時代は二十世紀から二十一世紀になり、年号は昭和から平成、そして令和になりました。ITの進化と共に我々の生活も大きく変化しています。この生活の基盤となる科学技術を支えてきたのが化学物質であり、化学技術です。この五十年の間、先人の努力により、化学物質管理の制度も大きく変わってきました。そして今後も変わっていくでしょう。
   次回は、現在の世界における化学物質管理制度の動向を見てみたいと思います。

※1  40 Years of Chemical Safety at the OECD, OECD, 2011,
https://www.oecd.org/env/ehs/48153344.pdf
※2  経済協力開発機構のHP:
https://www.oecd.org/chemicalsafety/thailand-joins-oecd-agreement-on-mutual-acceptance-of-chemical-safety-data.htm
※3  経済協力開発機構のHP:
https://www.oecd.org/chemicalsafety/testing/non-member-adherens-to-oecd-system-for-mutual-acceptance-of-chemical-safety-data.htm
※4  コロンビア政府のHP, 法案Decreto 1630 de 2021,
https://www.funcionpublica.gov.co/eva/gestornormativo/norma.php?i=173879
※5  第42回国連GHS専門化会合の会議資料,
https://unece.org/sites/default/files/2022-06/UN-SCEGHS-42-INF17e.pdf
※6  Agenda 21,
https://sustainabledevelopment.un.org/content/documents/Agenda21.pdf
※7  環境省のHP:
https://www.env.go.jp/chemi/communication/seisakutaiwa/dialogue/10/ref05.pdf
※8  SAICMのHP:
http://www.saicm.org/About/ICCM/ICCM5/tabid/8207/Default.aspx
※9  外務省のHP:
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html
※10  Global Chemical Outlook II, UN Environment 2019,
https://wedocs.unep.org/bitstream/handle/20.500.11822/27651/GCOII_synth.pdf?sequence=1&isAllowed=y
※11  ASEAN Regulatory Cooperation Project,
http://mddb.apec.org/Documents/2020/CD/CD2/20_cd2_015.pdf
※12  化学物質国際対応ネットワーク、ロシア及びユーラシア経済連合 (EAEU)における化学物質管理最新動向セミナー,
https://chemical-net.env.go.jp/semi_bn_2020.html#sem2
※13  Gulf Cooperation Council のHP:
https://www.gso.org.sa/gso/tcschedule/newProjectDetails.do?projectId=20609&setLocale=en
※14  UNECEの資料,
https://unece.org/transport/documents/2021/01/ghs-implementation-region-mercosur
※15  第38回国連GHS専門化会合の会議資料
https://unece.org/fileadmin/DAM/trans/doc/2019/dgac10c4/UN-SCEGHS-38-INF13e.pdf
※16  欧州化学品庁のHP:
https://echa.europa.eu/supporting-african-countries

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