1. 化学物質国際対応ネットワークTOP
  2. >コラム-専門家の気付き-
  3. >高木恒輝氏執筆
  4. >連載

2020年以降の国際化学物質管理の全体像と新たな科学・政策パネル

  1. このコラムは、国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)の2020年以降の枠組み(ポストSAICM)に関する議論に交渉官として参加された環境省水銀・化学物質国際室の高木恒輝室長に執筆をいただきました。高木氏は、2023年度にコラム「ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向」について、前年度から続いていた同枠組み策定に向けた交渉結果及び新たな枠組み(GFC)の詳細、GFCに関連した国際化学物質管理の最新の動きについてコラム執筆をいただき、今年度は「2020年以降の国際化学物質管理の全体像と新たな科学・政策パネル」と題し、化学物質等に関する科学・政策パネル(SPP)を含め、2020年以降、国際化学物質管理の仕組みがどのように構築され、実施していくのかについて、執筆をいただきました。
  2. このコラムに記載されている内容に関し、法的な対応等を保障するものではありませんのでご了承ください。
  3. このコラムについてのご意見・ご感想を下記までお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。なお、いただいたご意見は、個人情報等を特定しない形で当ネットワークの情報発信に活用(抜粋・紹介)する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

→ご意見・ご感想電子メール送付先:
  化学物質国際対応ネットワーク事務局(chemical-net@oecc.or.jp)

目次

第1回 2020年以降の国際化学物質管理の全体像と新たな科学・政策パネル (1)

1.はじめに

  昨年度はコラム「ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向」として、2023年9月の第5回国際化学物質管理会議(ICCM5)において採択された新たな化学物質管理に関する新たな国際枠組みGFC(化学物質に関するグローバル枠組み ― 化学物質や廃棄物の有害な影響から解放された世界へ)について解説した。本年度は、「2020年以降の国際化学物質管理の全体像と新たな科学・政策パネル」と題して、2020年以降、国際化学物質管理の仕組みがどのように構築され、実施していくのかについて、特に新たに設立予定の科学・政策パネルの話題も交えながら紹介したい。

2.2020年以降の国際化学物質管理の全体像

  2020年までの国際的な化学物質管理については、持続可能な開発に関する世界首脳会議(2002年)にて採択された世界目標(化学物質が人の健康と環境にもたらす著しい有害な影響を最小化する方法で使用、生産されることを2020年までに達成する)を目指して進められてきた。しかしながら、当該目標は2020年までに達成されなかったという国際的な認識から、現在と将来世代の保護のためのより野心的で緊急的な行動が求められている。
  上記の問題意識から構築された新たな化学物質管理の枠組みが昨年度紹介したGFCである。GFCは安全で健康的かつ持続可能な未来のために、化学物質や廃棄物の有害な影響から解放された世界を目指し、多様な分野(農業、環境、保健、教育、金融、開発、建設及び労働等)、多様な主体(政府、地域経済統合機関、政府間組織、市民社会、産業界、企業、金融部門、開発銀行、学術界、労働者、小売業者及び個人等)による自主的な取組である。水銀や残留性有機汚染物質(POPs)のように条約でカバーされている範囲の外にある幅広い課題(例えば、鉛汚染、PFAS汚染、環境残留医薬汚染物質、内分泌かく乱物質など)に対応することが期待されている。
  さらに、このような複雑な化学物質汚染の現状に対して、科学的知見を集約して課題の特定や評価、対応オプションの提示を行う組織として、化学物質・廃棄物の適正管理と汚染防止に関する科学・政策パネルの設立に向けた交渉が現在進行形で進んでいる。本パネルは、気候変動分野でのIPCC(気候変動に関する政府間パネル)や生物多様性分野でのIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)に類する、化学物質、廃棄物、汚染分野の新たな政府間科学・政策パネルである。
  これらの新たな枠組み・パネルに加えて、OECDによるテストガイドラインやガイダンス文書作成の取組や、国連による有害性分類・ラベルの調和(GHS)活動など、従来から関係国際機関によって進められている働きも相まって、総合的な国際化学物質管理が今後進展していくことが見込まれる。

2020年以降の国際化学物質管理の全体像

3.化学物質等に関する科学・政策パネル(SPP)の設立に向けた交渉状況

  2022年2~3月にケニア共和国・ナイロビで開催された第5回国連環境総会再開セッション(UNEA5.2)において、スイス連邦等が提出した決議案を基にして、SPPの設置に向けて、公開作業部会を設置し、2024年末までの議論完了を目標として検討を進めることを含む決議(UNEA5/8)が採択され、SPP設立に向けた交渉がスタートした。公開作業部会では、パネルのスコープ・目的・機能、運用原則、制度的取り決め、手続き規則等について議論がなされ、第二回会合(2023年12月)までに各国意見を盛り込んだ改訂版提案草案が作成されている。第三回会合は2024年6月に開催され、124カ国・地域、54関係機関・団体(オブザーバー)が参加し、上記パネル設立提案草案の最終化に向けて議論を進めたが、最終化までは至らず、残る論点については2025年1、2月に国連環境計画(UNEP)事務局長が開催予定のパネル設立のための政府間会合の直前に公開作業部会の再開会合を行い設立提案の最終化を図った上でパネルの設立を採択する見込みである。
  SPPがどのような組織構造を持ち、どのような活動が具体的に見込まれていくかなどのSPPの詳細説明については、次回の連載にて紹介することとしたい。

ページの先頭に戻る↑

第2回 2020年以降の国際化学物質管理の全体像と新たな科学・政策パネル (2) NEW

1.はじめに

  前回は2020年以降の国際化学物質管理の全体像を紹介したうえで、現在設立交渉が進んでいる化学物質・廃棄物の適正管理と汚染防止に関する科学・政策パネル(Science Policy Panel (SPP))の公開作業部会での議論の進捗状況を紹介した。令和6年6月に行われた第三回公開作業部会では設立文書の最終化までは至らず、令和7年4月に再開会合及び政府間会合が開催され、そこで設立文書が最終化される予定となっている。
  とはいえ、パネルの基本的な構造は既に大枠としては固まっているところであるので、今回は、現時点で明らかになっているパネルの機能・構造について紹介したい。

2.化学物質等に関する科学・政策パネル(SPP)の目的・機能、構造

  化学物質管理の世界は歴史が古く、OECDやWHO、UNECEやUNEPなど様々な国際機関がそれぞれの持ち場で科学技術的な活動を進めてきた経緯があるが、IOMC(Inter-Organization Programme for the Sound Management of Chemicals)といった連携の枠組みはあるものの、①それぞれが個々の所掌範囲にとどまり、化学物質管理の全体をとらえきれていない、②新たな問題を早期に特定・警告するメカニズムが不足、③科学と政策の間の双方向のコミュニケーションが不足、④広範囲の科学者・実務家の参加が確保できていないなどの問題が指摘されていた(Wang et al., 2021 *1) )。これらの課題を踏まえて、2022年のUNEA5で設立が決定されたのがSPPである。上記の課題を踏まえたSPPの目的として「人の健康と環境を保護するための、化学物質と廃棄物の適正管理及び汚染の防止に貢献する科学・政策インターフェースの強化」が定められている。
  主要な機能としては5つあり、①広大な化学物質管理の世界の中から、課題を特定し、その対応策を提示するための「ホライズンスキャニング」という機能、②現在の課題に関する評価(アセスメント)、③最新の情報の提供、科学的研究のギャップ特定、科学者と政策決定者の間のコミュニケーション、知見の説明・発信、普及啓発、④科学的情報を求める途上国との情報共有、⑤キャパシティ・ビルディングとなっている。
  これらの機能を果たすためにどのような構造を持つのか説明したものが下の図である。

パネルの組織構造(一部調整中を含む)

  例えば、②現在の課題に対する評価(アセスメント)を例にとれば、各国政府代表で構成される統治機関において、各国から課題が提案され、その中で優先順位化される。次に優先順位の高かった課題についての評価レポートを作成することになるが、これは各国政府関係者からノミネートされたビューローのサポートを得つつ、専門家で構成される学際的専門家委員会の指揮の下、レポート作成の専門家チーム/タスクフォースが立ち上げられて草案が作成される。その草案については学際的専門家委員会にてレビューがなされ、最終的に統治機関において承認・発行という手筈となる。仕組みとしては既存の生物多様性に関するパネル(IPBES)と似たものとなっていると思ってもらえばイメージがしやすいかと思う。具体的にどのような課題が取り上げられ、評価がなされていくのか、という点は来年度設立されてからの話になるが、今から楽しみなところである。また、こういった活動に対して、エコチル調査などの日本が保有するデータや国内専門家の貢献をどのように促進させることができるか、環境省としても前向きに考えていきたい。
  なお、事務局はUNEPに置かれる予定であるが、前回6月の会議においては、共同事務局というオプションも含め、WHOがどう関与するかについても議論がなされた。「環境」と「健康」という化学物質管理における二大トピックの関連国際機関であり、この議論についても結論は次回再開会合に持ち越しとなっているが、引き続き動向を注視したい。
  余談になるが、SPPというのは仮の名称であり、正式にどのようなパネルの名前になるかも議論が必要なところだが、6月の会合では時間がなくてほとんど議論ができなかった。その際、アフリカ地域グループからはIntergovernmental Panel on Chemicals and Waste and to Prevent Pollution(略してIPCWP)、という提案があった。IPCCやIPBESと比べて少し言いづらい気もするが皆様はどうだろうか。名前は認知度向上のために意外と大事な要素だと思うので、次回はしっかりと議論していきたい。

※1 We need a global science-policy body on chemicals and waste - Major gaps in current efforts limit policy responses, Science, 19 Feb 2021, Vol 371, Issue 6531

ページの先頭に戻る↑