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ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向

  1. このコラムは、2022年度、国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)の2020年以降の枠組み(ポストSAICM)に関する議論に我が国の交渉官として参加している環境省大臣官房環境保健部環境安全課の吉崎仁志課長補佐に、ポストSAICMの枠組みに関するこれまでの検討状況について、第1回、第2回コラムにて執筆いただきました。
    2023年度のコラム第3回からは、吉崎氏の後任として、ポストSAICMに関する議論に交渉官として参加しておられた高木恒輝課長補佐に、前年度から続いていた同枠組み策定に向けた交渉結果及び新たな枠組み(GFC)の詳細、GFCに関連した国際化学物質管理の最新の動きについて執筆をいただきました。
  2. このコラムに記載されている内容に関し、法的な対応等を保障するものではありませんのでご了承ください。
  3. このコラムについてのご意見・ご感想を下記までお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。なお、いただいたご意見は、個人情報等を特定しない形で当ネットワークの情報発信に活用(抜粋・紹介)する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

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目次

第1回 ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向 (1)

1.はじめに

  2006年に採択された「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM:Strategic Approach to International Chemicals Management)は目標期限としていた2020年を迎え、現在、2020年以降の枠組み(ポストSAICM)に関する議論が行われている。新型コロナウィルス感染症拡大の影響により、当初予定していた2020年の採択は大幅に遅れたが、2022年8月29日~9月2日にルーマニアにおいて第4回会期間プロセス会合が開催され、2023年の採択に向けた議論が加速することとなる。
  本稿では、ポストSAICMの交渉が中断していた間の状況と、第4回会期間プロセス会合における交渉用テキストのポイントについて解説する。

2.SAICMの概要・経緯

  SAICMは、2002年にヨハネスブルグサミットで設定された「2020年までに人の健康や環境への著しい影響を最小とする方法で化学物質が生産・使用されるようにする」という2020年目標の達成を目的としたものである。条約のような法的拘束力を持つものではなく、政府のほか国際機関、産業界、労働団体、市民社会等も参加するマルチステークホルダーの性格、環境だけでなく健康や労働などの部門も参加するマルチセクターの性格を持つ、自主的な枠組みである。
  SAICMの詳しい解説については、本「化学物質国際対応ネットワーク」中の他のコラムに譲るが、これまでに、条約で対処されていない新たな政策課題の特定と対応や、化学物質管理のための途上国の能力向上支援、様々なステークホルダー・セクターの情報の集約と協調等の取組が行われてきた。日本では、環境省をフォーカルポイントとして、SAICM国内実施計画を策定するとともに、化学物質と環境に関する政策対話等を通じた国内でのステークホルダーの連携を図ってきた。

3.ポストSAICMの検討に向けた経緯

  SAICMの目標期限である2020年を控え、2016年以降、ポストSAICMの交渉が行われてきた。2017年から2019年にかけて、毎年会期間プロセス会合が開催され、論点整理や交渉テキストの準備が進められてきた。
  しかし、2019年10月の第3回会期間プロセス会合後、新型コロナウィルス感染症の拡大に伴い、交渉スケジュールが大幅に遅延した。これによって生じた空白期間を利用し、2020年10月には、オンラインでの意見交換・相互理解の促進や代替テキストの検討を行うためのバーチャル作業グループ(VWG:Virtual Working Group)が4つのテーマ(ターゲット・指標・マイルストーン、ガバナンス、懸念される課題、資金)について設置され、精力的な検討が行われた。同グループの議論の経緯及び成果は、全てSAICM事務局のウェブサイト上で公開されている(SAICM事務局ウェブサイト)。一方で、2021年2月に前述のバーチャル作業グループの検討を終了した時点では、交渉再開の目途が立たず、約1年間、実質的に検討プロセスが中断していた。
  ポストSAICMの交渉が中断している中で、2022年2月~3月に開催されたUNEA5.2では、化学物質と廃棄物の適正管理及び汚染の防止に更に貢献する科学・政策パネルの設置に向けた公開作業部会の設置が決定するとともに、SAICM関連プロジェクトを実施するための途上国支援の基金(特別プログラム)の運用期限が延長され、また、2022年7月からの地球環境ファシリティ(GEF:Global Environment Facility)第8次増資期間における化学物質対策資金の割当額の増加が決定されるなど、交渉を取り巻く状況には変化が生じてきた。
  今回の第4回会期間プロセス会合では、2019年10月時点の交渉テキスト及び2020年10月~2021年2月のバーチャル作業グループの検討結果を基にしつつも、2022年に入ってからの状況の変化などを踏まえた交渉が想定される。

4.ポストSAICMの交渉用テキストのポイント

  全ての交渉用テキストの原文は、SAICM事務局ウェブサイト(SAICM事務局ウェブサイト)を参照いただきたい。本項では、ポイントに絞って説明する。

(1)ビジョン・スコープ・原則及びアプローチ

  これらの項目に関するテキストは、2019年10月時点のものである。
  スコープについては、SAICMのマルチステークホルダー、マルチセクターの性格を反映する文言となっているが、近年国際的な議論で使用される「chemicals and waste」の用語の「waste」が指す範囲については意見の集約が見られていない。
  原則及びアプローチについては、アジェンダ21やリオ宣言、ヨハネスブルグ実施計画、ドバイ宣言、持続可能な開発のための2030年アジェンダ等の既存の合意文書・宣言等を参照する形をとっている。

(2)戦略的目的・ターゲット・指標

  戦略的目的については、2019年10月時点のものである。バーチャル作業グループにおいてターゲット及び指標を取り扱ったが、指標については専門的な検討が必要とされ、主にはターゲットについて議論された。
  戦略的目的は、ライフサイクルを通した化学物質対策の特定・実施、知識・データ・情報等の創出・アクセス、懸念される課題の特定・対処、より安全な代替品等による利益の最大化とリスクの最小化、資金・非資金的な資源の動員やパートナーシップの組成、という5つの要素が挙げられているが、具体的な文言については合意されていない。
  また、ターゲットについては、各戦略的目的の下に位置づけられるターゲットが多く挙げられている(例えば、知識・データ・情報等の創出・アクセスに関しては、包括的な情報の生成とアクセシビリティ、評価・適正管理・リスク削減等のためのツール・ガイドライン等の使用、教育・研修・普及啓発の実施、ライフサイクルを通じた製品中化学物質情報の提供、GHSの実施・執行など)が、バーチャル作業グループの議論完了時点では、進捗管理が困難なもの、整理が不十分なもの等が混在している。
  このため、第4回会期間プロセス会合においては、戦略的目的とターゲットを一体的にとらえつつ、文章の整理を進めることが期待される。
  各ターゲットの進捗管理を行うための指標については、議論が進展しておらず、バーチャル作業グループでは、技術専門家グループの設置など更なる会期間作業が提案されている。

(3)組織的事項と実施支援メカニズム

  組織的事項については、2019年10月時点のものである。国際化学物質管理会議、ビューロー、事務局の役割・機能等が整理されており、多くのテキストで合意が得られたことから、バーチャル作業グループでは議論されなかった。未合意の事項は、会議の開催頻度やハイレベルセグメントの位置づけ、ビューローの構成などである。
  実施支援メカニズムのうち、国による実施、地域・セクター間の連携、セクター・ステークホルダーの関与の向上に関するテキストは、組織的事項と同様、2019年10月時点のものである。
  バーチャル作業グループでは、科学・政策インターフェースの強化や、ポストSAICMの進捗管理の方法について多くの時間を割いた。このうち、科学・政策インターフェースについては、先述のとおり2022年2月~3月のUNEAでの決定を受け、新たに独立した科学・政策パネルを設置することとなったが、ポストSAICMの交渉完了期限とのスケジュールの相違から、ポストSAICMと同パネルの関係性をどう整理するかは、議論が必要な状況である。
  ポストSAICMの進捗管理については、現行SAICMにおける報告率の低さが課題として認識され、改善案について議論された。作業の重複を排除した効率的な報告、国際機関等による情報を用いた補完、第三者による枠組み全体の評価などが位置付けられている。
  また、SAICMにおける新規政策課題に相当するIssues of Concern(懸念される課題)については、バーチャル作業グループにおいて申請・採択・実施のプロセスが整理されていった。本テーマの正式名称(ひいては取り扱う範囲)、採択に必要な科学的根拠の程度、採択後の実施体制等が主要な論点として残っているほか、現行SAICMにおける新規政策課題のポストSAICMでの取り扱いについて検討する必要がある。特に、2022年2月~3月のUNEAの決定を受けた科学・政策パネルが、本テーマと何らかの接点を持つことになるかは議論が必要になると見込まれる。具体的にどのような課題をポストSAICMで取り上げるかは議論の対象とはなっておらず、ポストSAICM交渉完了後に、ステークホルダーからの申請に基づいて特定されていくと想定される。

(4)資金

  本項目には、化学物質管理のための持続可能なファイナンス(化学物質管理の主流化、民間セクターの関与の強化、専用の基金)、事務局予算の確保、キャパシティビルディングが含まれる。バーチャル作業グループにおいて議論されたが、ほとんどの論点について議論が継続される見込みであり、また、新たな基金の創設については同グループでは検討対象から外れていた。バーチャル作業グループでは、具体的な交渉テキストはないものの、アフリカ地域やNGOから産業界からの拠出強化が提起されたほか、キャパシティビルディングについては、国際化学工業協会(ICCA)からもニーズと支援のマッチングに関する提案がなされた。また、専用の基金については、前述のUNEA決定やGEF第8次増資の決定を踏まえた議論が見込まれる。

5.最後に

  第4回会期間プロセス会合は、長期の空白期間を経て再開されるため、関係者の意見も変容している可能性があり、また、2022年に入ってからの状況の変化も加味すると議論の行方を予断することが極めて難しい。会合の結果と来年の第5回国際化学物質管理会議に向けた展望についても、会議終了後に紹介させていただく予定なので、参考にしていただければ幸いである。

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第2回 ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向 (2)

1.はじめに

  2022年8月に、「ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向(1) 」と題し、「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM:Strategic Approach to International Chemicals Management)」の次期枠組みについての議論を紹介した。
  2022年8月29日~9月2日に、ルーマニアにおいて第4回会期間プロセス会合(IP4)が開催され、今年9月の次期枠組みの採択に向けた議論が再開した。同会合では、2019年時点の交渉テキストと2020年10月~2021年2月に開催されたバーチャル作業グループの検討結果の双方を参照しつつ、今後の交渉の土台となる統合版交渉テキストを作成した。しかしながら、更に議論を進める必要があったため、IP4を休会し、2023年2月27日~3月3日にケニアにおいて再開会合(IP4.2)を開催することとなった。
  本稿では、IP4及びIP4.2の交渉を振り返り、IP4.2終了時点での進捗を解説する。

2.交渉の構成

  2022年8月のIP4では、交渉テキストを大きく3つに分け、①ビジョン、スコープ、原則及びアプローチ、戦略的目的とターゲット、②組織的事項、実施支援メカニズム、Issues of Concern(仮称)、③キャパシティビルディング、資金的事項の各テーマで統合版交渉テキストを作成した。
  2023年2月のIP4.2では、特に議論を要する主要な3つのテーマを設定し、①ビジョン、戦略的目的とターゲット、測定枠組み、②実施支援メカニズム、Issues of Concern(仮称)、③キャパシティビルディング、資金的事項について集中的な議論を行ったほか、共同議長が招集した「Friends of Co-chairs」会合(FOCC)において上記3つのテーマ以外(文書の構成、序文、原則及びアプローチ)を議論した。FOCCは、各地域及びステークホルダーの代表の合計30名で構成され、アジア太平洋地域の代表(4人)のうちの1人として、日本も参加した。このほか、9月に開催される第5回国際化学物質管理会議(ICCM5)における決議の要素を議論するための非公式対話も行われた。会議の結果、交渉テキストの更新版が作成された。
  全ての交渉用テキストの原文は、SAICM事務局ウェブサイトを参照いただきたい。本項では、ポイントに絞って説明する。

3.文書の構成

  FOCCにおいて、次期枠組み文書の構成を議論し、以下の通り提案して文書全体を再編した。
  詳細な手続きを定める規定や、他とは独立して改定されることが見込まれるものを附属書に移すよう整理した。

新規枠組み文書の構成

I 導入(Introduction)
II  ビジョン
III スコープ
IV 原則及びアプローチ
V  戦略的目的とターゲット
VI 実施支援メカニズム(実施プログラム(P)、国レベルの実施、(国際・)地域での協力・調整、セクター・ステークホルダーの関与強化)
VII 懸念される課題(場所はP)
VIII キャパシティビルディング
IX  資金的検討事項
X 組織的事項
XI  進捗の管理
XII 文書の改定・更新

附属書A 懸念される課題の手続き
附属書B 原則及びアプローチ
附属書C 測定枠組み(Measurability Structure)

4.序文・原則及びアプローチ

  FOCCにおいて、序文を議論し、化学物質・廃棄物の適正管理に係る対応の必要性や、新規枠組みの性質及びねらい(SDGsへの貢献を含む)についての文章が作成されたが、引き続き全体を精査することとされている。
  また、FOCCにおいて、新規枠組みに適用される共通の原則及びアプローチをドラフトした。多様なセクター・ステークホルダーの関心事項を反映し、「知識と情報」「透明性」「人権」「脆弱な状況下の集団」「ジェンダー平等」「未然防止アプローチ」「予防的アプローチ」(P)「化学物質・製品の国際貿易」(P)「公正な移行」「連携と参加」(P)の各項目についての文章が作成されたが、序文と同様、引き続き全体を精査することとされている。また、IP3時点で検討されていた既存の宣言文等(アジェンダ21やリオ宣言、ヨハネスブルグ実施計画、ドバイ宣言、持続可能な開発のための2030年アジェンダ等)の一覧は、附属書に移されている。

5.スコープ

  次期枠組みのスコープ、とりわけ「廃棄物」の扱いについては、化学物質に関連する廃棄物や化学物質のライフサイクルの一環としての廃棄物を志向するステークホルダー、全ての廃棄物に拡大したい意向のステークホルダーとに分かれており、IP4及びIP4.2では目立った議論は行われていない。

6.戦略的目的・ターゲット

  次期枠組みでは、達成するべき戦略的目的と、その下により具体的な(達成目標期限を伴う)ターゲットを置く構造を想定している。IP4では、5つの戦略的目的の文章の精査が行われ、それぞれの下に置くべき「優先的なターゲット」を特定した。5つの戦略的目的の概略は以下の通りである。

  • 目的A:化学物質・廃棄物の適正管理のための能力・法的枠組み・組織的メカニズムを整備
  • 目的B:知識・データ・情報の整備・アクセス
  • 目的C:懸念される課題の特定と対処
  • 目的D:プロダクトバリューチェーンを通じたより安全な代替品と革新的な解決策の導入
  • 目的E:関連する意思決定プロセスへの化学物質管理の統合

  IP3時点では目的Eに資金及びパートナーシップに関する文章が含まれていたが、全ての目的の達成に必要な事項であるとして柱書に移動した。
  IP4.2では、戦略的目的ごとにターゲットの文章を検討していった。複数のターゲット文の統合や、場所の移動等も提案されたが、合意には至らず、全てのターゲットを引き続き議論することとなっている。また、同議論の中で、戦略的目的Eに資金やパートナーシップに関する文章を取り入れるべきとの意見があり、こちらについても議論が予想される。

7.実施支援メカニズム及び懸念される課題への対応

  次期枠組みの実施を支援するメカニズムとして、IP4.2では、IOMC(化学物質適正管理に関する9つの国際機関)が、戦略的目的A、D及びEを実施するための「実施プログラム」を提案した。その必要性、位置づけ、参加するステークホルダー、統治機構、必要な資金等の論点が挙げられ、議論の結果、「国際会議(現在のICCM)が戦略的目的やターゲットを達成する活動を支援するための実施プログラムを採択することができる」という案に合意した。
  また、実施支援メカニズムの項目の1つとして、次期枠組みでは現在のSAICM以上にステークホルダー及びセクターの関与を向上させるための方策が模索されている。例えば、産業界によるバリューチェーンにわたっての関与を強化し、一定水準の化学物質・廃棄物管理を確保するためのデュー・デリジェンスを求めること、保健部門において、WHO(世界保健機関)が策定したChemicals Road Mapを活用していくこと、労働部門において、国際労働基準の締結や実施等を通じて労働現場での取組を統合していくこと、そして金融部門において、持続可能性ローンや融資基準の作成等、より安全な化学物質管理への投資促進を図ること、など、各部門に期待される項目が明確化されている。これらの文言について、IP4.2において議論され、細部を除き、概ね合意されている。
  さらに、SAICMにおける新規政策課題に相当するIssues of Concern(懸念される課題:仮称)は、様々な化学物質・廃棄物管理の課題の中から、国際的に取り組むべきものを特定して対処していくための柔軟性のあるプロセスであるが、特に次期枠組み文書としては、申請・採択・実施のプロセスについて議論されている。IP4及びIP4.2の議論を経て、プロセスや実施体制等が概ね合意されており、原則として課題ごとにマルチステークホルダー作業部会を設置し、同作業部会の下で作業計画の作成や実施促進や国際会議(現在のICCM)への進捗報告等を行うという体制が合意された。複数の課題から優先付けを行うための基準、課題申請時のコメント募集の回数、課題申請時の提出情報の一部、そして課題を定義する文章及び名称についての議論が残されている。実際に課題が申請されるのは、次期枠組みが採択される予定のICCM5以降となる見込みである。

8.キャパシティビルディング・資金

  化学物質・廃棄物の適正管理における最大のトピックスの1つである途上国での管理能力の向上のため、キャパシティビルディングの仕組みが議論されている。IP4では、異なるステークホルダーから、①政府からの要請を踏まえたピアレビュー、②キャパシティビルディングプラットフォーム、③データバンクが提案され、IP4.2では、特に②と③を統合した提案が作成された。キャパシティビルディングや技術移転の要請、提供可能な支援や専門性又は資金を登録しマッチングを図るオンラインのプラットフォームが想定されており、ニーズと支援を結び付けて具体的なプロジェクト形成に寄与することが期待される。
  資金については、2014年のUNEA(国連環境総会)で合意された「持続可能なファイナンスに関する統合的アプローチ」に基づき、化学物質・廃棄物の適正管理の主流化、産業界の関与、専用基金の各要素について議論されている。IP4及びIP4.2では、特に途上国やNGOから、化学産業での基礎化学品の売上に一律課税を行って資金源とするべきという意見や、全てのステークホルダーがアクセスできる基金を新たに設置するべきという意見があるが、意見の対立が解消されておらず、膠着状態になっている。

9.組織的事項・進捗管理・測定枠組み

  組織的事項については、2019年時点で多くの進捗があったことから、IP4及びIP4.2ではそれほど議論の時間が割かれていないが、特に、2022年2月~3月のUNEAでの決定を受け、化学物質・廃棄物の適正管理及び汚染の防止に関する科学・政策パネルの設置に向けた議論が開始されたことから、国際会議(現在のICCM)は同パネルの成果物を適宜考慮すること、また、同パネルに対して知見の提供等の要請を出すこと、などが位置付けられた。そのほか、国際会議(現在のICCM)のビューローについて、マルチセクターの性格を強化する方策が議論されている。
  もともと実施支援メカニズムの1つとして検討されていた進捗管理の仕組みについては、現在のSAICMにおける報告率の低さを解消するため、我が国から、オンライン化による報告負担の低減や、既に得られる情報を最大限活用することによる効率化を提案し、反映されている。また、ターゲットの達成に向けた進捗を視覚化し、コミュニケーションツールとしても活用することも提案し、反映された。次期枠組みの進捗及び影響を把握するために使用される様々なカテゴリーの指標を、「測定枠組み」として作成して附属書に掲載することについて検討されているが、更なる議論が必要とされている。

10.最後に

  2022年8月のIP4及び2023年2月のIP4.2を経て作成された交渉テキストは、次期枠組みの大まかな骨格を示している。先述のとおり、未だ多くの事項が論点として残されており、IP4.2では議論が決着しなかった。このため、IP4.2は休会され、2023年9月に予定されているICCM5の直前に、IP4.3を再開することとされている。長期の空白期間を経て再開された交渉だが、合意に向かっての機運が高まっており、議論に注目いただければ幸いである。

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第3回 ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向 (3)

1.はじめに

  昨年度に2回、「ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向」と題し、「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM:Strategic Approach to International Chemicals Management)」の次期枠組みの議論について、主に2022年8月~9月にルーマニアにおいて開催された第4回会期間プロセス会合(IP4)及び2023年2月~3月にケニアにおいて開催された再開会合(IP4.2)での内容を吉崎から紹介していた。
  IP4.2を経ても未だ多くの論点が残っていたため、2023年9月24日~9月28日にドイツで開催が予定されていた第5回国際化学物質管理会議(ICCM5)の直前(2023年9月22日~9月23日)に、第4回会期間プロセス会合を再開し(IP4.3)、その後のICCM5と合わせて、無事、次期枠組み文書(Global Framework on Chemicals (GFC) – For a planet free of harm from chemicals and waste)が採択された。
  本稿では、IP4.3及びICCM5の交渉を振り返りつつ、GFCの概要について解説する。

2.7日間の交渉状況

  ICCM5直前の土日に開催されたIP4.3においては、IP4.2での成果文書(統合文書)を基に、共同議長が作成したnon-paperも参考の上議論し、ICCM5への提言案を作成する作業を行った。特に以下のテーマについては専門の交渉会合において集中的に討議がなされた(①ターゲット、②資金的検討事項、③測定枠組み(日本が議長)、④組織的事項)。可能な限り各文言を最終化・クリーンにしてICCM5に持ち込むことを目指したが、実施メカニズムや組織的事項などは概ねクリーンになった一方で、資金的検討事項、資金、ターゲットに関しては引き続き議論が残る形となった。
  翌日月曜日から開催されたICCM5においては、引き続き上記枠組み文書の最終化を目指すとともに、関連決議やハイレベル宣言案の内容についても同時並行的に討議がなされることとなった。IP4.2までは少数の代表団の国に配慮して同じ時間に設置する交渉グループは2つまでという決まりがあったが、金曜日までの最終化に向けて時間の猶予が全くないことから、ターゲット、名称、スコープ、原則とアプローチ、資金的事項等、最終化されてない項目について、その都度公式・非公式の交渉会合が設置され、日本の代表団も機動的に各交渉会合に分散して対応することとなった。
  最終日(金曜日)は各国のハイレベル代表によるハイレベル会合が行われ、我が国からも松澤地球環境審議官が参加した。しかしながら、枠組み文書やハイレベル宣言文、決議文ともどもハイレベル会合までに間に合わずに、ハイレベル会合終了後、さらなる討議が再開されることとなった。そして夜通しの討議の末、土曜日の朝、ハイレベル宣言であるボン宣言とともに、ようやく新たな枠組み文書、GFCの採択が宣言されたのである。
  最終化された枠組み文書(GFC)、ボン宣言、決議については公式ウェブサイトからダウンロード可能である。以下、GFCの核となるスコープや戦略目標、ターゲットについて簡単に紹介する。

3.新たな国際化学物質管理の枠組み(GFC)の構成

  次期枠組み文書の構成についてはIP4.2までに固まっていたものから大きな変更はなく、以下のとおり確定している。

I 導入(Introduction)
II  ビジョン
III スコープ
IV 原則及びアプローチ
V  戦略的目的とターゲット
VI 実施支援メカニズム
VII 懸念される課題
VIII キャパシティビルディング
IX  資金的検討事項
X 組織的事項
XI  進捗の管理
XII 文書の改定・更新

附属書A 懸念される課題の手続き
附属書B 原則及びアプローチ
附属書C 測定枠組み(Measurability Structure)

4.ビジョン、スコープ

  GFCは「環境と人の健康を保護するために、化学物質と廃棄物による害を防止、又はそれが実行可能ではない場合は最小化する」ことを目的とし、「安全・健康・持続可能な将来のための、化学物質と廃棄物の害がない地球」をビジョンとして掲げている。スコープ、とりわけ「廃棄物」の扱いについては、化学物質に関連する廃棄物や化学物質のライフサイクルの一環としての廃棄物を志向するステークホルダー、全ての廃棄物に拡大したい意向のステークホルダーとに分かれており、IP4及びICCM5を通して長い討議が行われたが、最終的にGFCがカバーする範囲は「化学物質のライフサイクル(製品や廃棄物段階を含む)」である旨が定められている。また、SAICMと同様、マルチステークホルダー・セクターの枠組みであり、全ての関連部門(環境・保健・農業・労働・化学物質のライフサイクルに係る主体等)による関与を包括することを規定した。

5.戦略的目的・ターゲット

  GFCにおいては、達成するべき戦略的目的と、その下により具体的な(達成目標期限を伴う)28のターゲットを設定した。達成目標期限については、SDGs目標を踏まえて2030年を基本としつつも、より時間が必要と見込まれるターゲットについては、2035年という目標期限が設けられている。5つの戦略的目的及び28のターゲットの概要は以下のとおりである。マルチステークホルダーの枠組みとして、それぞれのターゲットについて、「誰が」「いつまでに」「何をするのか」を明確にするようにしているところ、読者の皆様においては、それぞれのターゲットについて、ご自身の関わるものがあるかどうか確認いただき、積極的に今後の対応についてご検討いただきたいと思う。
戦略目的とターゲット(ターゲット) 戦略目的とターゲット(ターゲット)

6.最後に

  2.で述べたとおり、IP4.3とICCM5では毎日日付が変わるまでハードな交渉が続き、枠組み文書の採択は最後の最後まで危ぶまれていたが、最終的にそれぞれの項目において各国合意が図られて、GFCが採択されたのは奇跡のようであり感動的瞬間でもあった。一方で、各ターゲットの進捗を測る指標の策定など、今後も引き続き作業が必要な項目は残っており、また、GFCを国内で実施するための国内実施計画の策定についても進めていく必要がある。次回は、今回紹介しなかった懸念課題や進捗把握等GFCのその他の特徴について紹介するとともに、GFCに関連した国際化学物質管理の最新の動きについても紹介したい。

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第4回 ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向 (4)

1.はじめに

  前回のコラム「ポストSAICMの枠組みの検討状況と今後の動向(3) 」においては、「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM:Strategic Approach to International Chemicals Management)」の次期枠組みの議論について、主に2023年9月にドイツにおいて開催された第5回国際化学物質管理会議(ICCM5)及びその直前に開催された第4回会期間プロセス会合その3(IP4.3)での交渉を振り返りつつ、そこで無事採択に至った次期枠組み文書(Global Framework on Chemicals (GFC) – For a planet free of harm from chemicals and waste)の概要について紹介した。
  本稿では、前回紹介しなかった懸念課題や進捗把握等GFCのその他の特徴について紹介するとともに、今後の国内における対応、GFCに関連した国際化学物質管理の最新の動きについても紹介したい。

2.GFCにおける懸念課題の設定

   SAICMにおいては新規政策課題(化学物質のライフサイクルのいずれかの段階に関する課題であって、一般的にまだ認知されていない、十分対処されていない、又は現在の科学的情報から生じている課題で、人の健康や環境に著しい悪影響を与える可能性がある課題)として、①塗料中鉛、②製品中化学物質、③電気電子機器のライフサイクルにおける有害化学物質、④ナノテクノロジー及び工業用ナノ材料、⑤内分泌かく乱作用を有する化学物質、⑥環境残留性のある医薬汚染物質を、その他懸念される課題として⑦ペルフルオロ化合物の管理と安全な代替物質への移行、⑧毒性の高い農薬を特定し、関心のある国際機関、政府、産業界、NGO等が協力して情報共有・集約や普及啓発、政策立案支援等を実施した。特定の課題を指定することにより優先順位を付けた取組が可能となり、特に資金援助メカニズムとも連動し、GEF(地球環境ファシリティ)の化学物質と廃棄物フォーカルエリアにおいて当該新規政策課題に対応したプロジェクトを実施することなどで、塗料中鉛対策等で一定の成果を収めることができた。
  GFCにおいても同様の仕組みを構築することとしており、化学物質のライフサイクルのあらゆる段階に関連する問題であり、まだ一般的に認識されておらず、十分に対処されていない又は現時点の科学的情報から潜在的な懸念があるもの、人健康や環境に悪影響を与える可能性を国際的な行動によって回避できる可能性があるものとして、懸念課題(Issues of concern)を特定することとしている。懸念課題についてはどの主体からでもノミネートが可能であり、次回以降の国際会議(ICCM6~となるか別の名称となるかは現時点で不明)においてノミネートされた懸念課題案を審議・選定し、マルチステークホルダーによる作業部会を設立・実施していく流れとなる。
  一方で、次回の国際会議は3年後となり、それまで懸念課題の選定作業が行えないことから、ICCM5において、SAICMにおいて実施していた上記8つの課題をGFCの下での懸念課題とし、取組を継続するという決議を採択したところである。
  塗料中鉛対策やペルフルオロ化合物の管理など引き続きホットトピックである課題が含まれていることから、今後3年間の更なる取組の発展を期待したい。

3.GFCにおける進捗把握の仕組み

  SAICMにおいては進捗報告率が低迷(28%~43%)し、世界全体の目標に向けた進捗状況を的確に把握することが難しいという課題があった。これを踏まえてGFCにおいては、オンラインツールを導入し、従来の紙ベースの報告の煩雑さを解消するとともに、戦略目標やターゲットに紐付く指標に基づき進捗状況をダッシュボード等により可視化し、第三者委員会が進捗状況を評価する、という進捗把握の仕組みを取り入れた。当該仕組みは会期間作業の中で我が国が提案したものが盛り込まれたものである。
  GFCの付属書IIIにおいてはGFCの進捗を把握するための全体的な枠組みや利用可能な指標のカテゴリ等を整理した「測定枠組み」を定めることとしており、その詳細は今後開催される臨時作業部会において検討される予定である。
 以下のイメージ図に示すようにGFCのビジョン、戦略目的、ターゲットそれぞれについて指標が定められる予定であり、これらが特定化されてくると、各ステークホルダーのすべきことがより明確化され、GFCの枠組みが機能していくものと期待している。また、本仕組みを提案した我が国としても当該指標の設定作業に積極的に参加していきたいと思っている。 GFCにおける進捗把握の測定枠組み

4.国内実施計画の策定

   GFCにおいては、SAICM時同様、各政府は、国レベルでの取組のために国内実施計画を策定することが定められている。SAICMにおいて我が国は、マルチセクター・ステークホルダーの枠組みを反映し、化学物質と環境に関する政策対話における意見交換を踏まえつつ、関係省庁連絡会議において国内実施計画を策定した経緯があり、GFCの国内実施計画の策定においても基本的には同様のプロセスで進めていくことを考えている。既に2023年12月27日に開催された第18回化学物質と環境に関する政策対話(https://www.env.go.jp/chemi/communication/seisakutaiwa/siryou/18.html)においてGFCに関する議論を開始したところであり、今後の国内実施計画の策定に向けて、マルチセクター・ステークホルダーによる検討が進んでいくこととなるため、読者の皆様におかれては機会に応じて積極的なご参加・インプットをお願いしたい。

5.GFCに関連した国際化学物質管理の最新の動き

   ICCM5において採択されたボン宣言においては、GFCの実施に向けたコミットメントの関連で、科学・政策パネルおよびプラスチック汚染条約の策定プロセスへ積極的に関与していくことが謳われている。これら二つのトピックはどちらも2022年に開催された国連環境総会UNEA5.2において決議された事項に基づいている。前者は、気候変動におけるIPCC、生物多様性におけるIPBESのような独立した政府間科学・政策パネルの化学物質・廃棄物・汚染版を設立する、というものであり、2023年12月にはケニア・ナイロビにて第二回臨時公開作業部会が開催され設立提案の草案について議論された。これについては6月に第三回の臨時公開作業部会がスイス・ジュネーブで開催され、設立提案が最終化された上で、今年中に設立が固まる、という流れとなっている。後者については2023年11月にケニア・ナイロビにおいて第三回政府間交渉委員会が開催され、プラスチック汚染に関する条約の素案(ゼロドラフト)が議論されたが、ゼロドラフト内ではプラスチック中の懸念のある化学物質・ポリマーへの規制についてのオプションが盛り込まれており、各国の関心の高いトピックの一つとなっていた。プラスチック汚染条約の策定に関しても今年中に条約案をまとめるスケジュールとなっており、国際化学物質管理の観点からも2024年のこの二つの動向からは目が離せないものと思われる。

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