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化学産業の持続可能な発展に向けての提案

  1. このコラムは、化学物質管理の専門家として、長年にわたりPOPs条約におけるPOPs検討委員会委員や環境省の「化学物質と環境円卓会議」及び「化学物質と環境に関する政策対話」の座長を務められてきました秋草学園短期大学学長の北野大氏に、これまでの豊富な経験を基にSDGs達成に向けて日本の化学産業界へ期待することについて執筆いただきました。
  2. このコラムに記載されている内容に関し、法的な対応等を保障するものではありませんのでご了承ください。
  3. このコラムについてのご意見・ご感想を下記までお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。なお、いただいたご意見は、個人情報等を特定しない形で当ネットワークの情報発信に活用(抜粋・紹介)する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

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目次

第1回 化学産業の持続可能な発展に向けての提案 (1)

【1】SDGsとは

  2001年にSDGs(持続可能な開発目標)の前身となるMDGs(ミレニアム開発目標)が国連で制定されました。これは2000年に採択された「国連ミレニアム宣言」を中心として1990年代に主な国際会議で議論された国際開発目標を統合したものです。この目標として開発途上国向けに2015年を期限とする8つの目標が設定されました。これらは、目標1)貧困・飢餓、2)初等教育、3)女性、4)乳幼児、5)妊産婦、6)疾病、7)環境、8)連帯、です。MDGsでは、例えば目標1)に関する極度の貧困の半減や目標6)に関するHIVやマラリア対策などでは目標を達成しましたが、目標4)及び5)に関する死亡率削減は未達成の項目でありました。

  SDGsはMDGsの後継として、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標で、図に示すように17のゴールと169のターゲットから構成されています。

SDGs

  その特徴は、
1)普遍性:発展途上国のみならず、先進国を含めすべての国が行動する。
2)包摂性:地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)。
3)参画型:すべてのステークホルダーが役割を果たす。
4)統合型:社会・経済・環境に統合的に取り組む。
5)透明性:定期的にフォローアップする。
です。

  SDGsの達成には行政のみならず企業の役割が問われており、一般社団法人日本経済団体連合会は、SDGsの達成に向けて、民間セクターに対しては創造性とイノベーションの発揮が強く求められているとの認識の下、SDGsの達成を柱として、2017年11月8日に企業行動憲章の第5回改訂を行いました。以下、参考までにその全文を示します。

企業行動憲章
― 持続可能な社会の実現のために ―

  企業は、公正かつ自由な競争の下、社会に有用な付加価値および雇用の創出と自律的で責任ある行動を通じて、持続可能な社会の実現を牽引する役割を担う。そのため企業は、国の内外において次の10原則に基づき、関係法令、国際ルールおよびその精神を遵守しつつ、高い倫理観をもって社会的責任を果たしていく。

  (持続可能な経済成長と社会的課題の解決)
1.イノベーションを通じて社会に有用で安全な商品・サービスを開発、提供し、持続可能な経済成長と社会的課題の解決を図る。

  (公正な事業慣行)
2.公正かつ自由な競争ならびに適正な取引、責任ある調達を行う。また、政治、行政との健全な関係を保つ。

  (公正な情報開示、ステークホルダーとの建設的対話)
3.企業情報を積極的、効果的かつ公正に開示し、企業をとりまく幅広いステークホルダーと建設的な対話を行い、企業価値の向上を図る。

  (人権の尊重)
4.すべての人々の人権を尊重する経営を行う。

  (消費者・顧客との信頼関係)
5.消費者・顧客に対して、商品・サービスに関する適切な情報提供、誠実なコミュニケーションを行い、満足と信頼を獲得する。

  (働き方の改革、職場環境の充実)
6.従業員の能力を高め、多様性、人格、個性を尊重する働き方を実現する。また、健康と安全に配慮した働きやすい職場環境を整備する。

  (環境問題への取り組み)
7.環境問題への取り組みは人類共通の課題であり、企業の存在と活動に必須の要件として、主体的に行動する。

  (社会参画と発展への貢献)
8.「良き企業市民」として、積極的に社会に参画し、その発展に貢献する。

  (危機管理の徹底)
9.市民生活や企業活動に脅威を与える反社会的勢力の行動やテロ、サイバー攻撃、自然災害等に備え、組織的な危機管理を徹底する。

  (経営トップの役割と本憲章の徹底)
10.経営トップは、本憲章の精神の実現が自らの役割であることを認識して経営にあたり、実効あるガバナンスを構築して社内、グループ企業に周知徹底を図る。あわせてサプライチェーンにも本憲章の精神に基づく行動を促す。また、本憲章の精神に反し社会からの信頼を失うような事態が発生した時には、経営トップが率先して問題解決、原因究明、再発防止等に努め、その責任を果たす。

  また、行動憲章の各原則とSDGsとの関係を以下のように示しています。以下、カッコ内の番号はSDGsゴールの番号を示します。
(8)働き甲斐も経済成長も・・・原則6が対応
(9)産業と技術革新の基盤を作ろう・・・原則1が対応
(10)人や国の不平等をなくそう・・・原則4が対応
(16)平和と公正をすべての人に・・・原則9が対応
(17)パートナーシップで目標を達成しよう・・・原則10が対応

  筆者はこれ以外にも、以下のようにSDGsゴールが対応すると考えます。
(1)貧困をなくそう・・・幅広い意味で原則1が対応
(2)飢餓をゼロに・・・幅広い意味で原則1が対応
(5)ジェンダー平等を実現しよう・・・原則6が対応
(12)つくる責任、使う責任・・・原則5が対応

  先に述べましたように、確かにSDGsの達成には官のみの力では足りず、経団連をはじめとした民の力が必須です。経団連の取り組みを評価するとともに、可能な範囲で、数値指標で進捗状況を示していただければと考えています。

【2】SDGsと化学産業の貢献(1)

  SDGsの17項目の中から特に化学との関わりのあるものについて紹介をし、著者の考えを述べることにします。カッコ内の番号はSDGsのゴール番号を示します。

  (2)飢餓をゼロに・・・飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する。
  ここでは8つのターゲットが示されています。この中で著者はターゲット2.4「2030年までに、生産性を向上させ、生産量を増やし、生態系を維持し、気候変動や極端な気象現象、干ばつ、洪水及びその他の災害に対する適応能力を向上させ、漸進的に土地と土壌の質を改善させるような、持続可能な食料生産システムを確保し、強靭(レジリエント)な農業を実践する。」に特に注目しています。このためには農薬の開発が必須といえます。
  一般の方に食の不安に関するアンケート調査をしますと、最も大きな不安要因として挙げられるのが残留農薬です。農薬に対しては一般消費者の無農薬または減農薬志向があるのは承知していますが、なぜこのような考え方を多くの人がするのでしょうか。
  それは農薬が自殺に使われたり、農薬を散布していたお百姓さんが事故で亡くなったり、またR.Carsonが著書「沈黙の春」の中で有機塩素系農薬の問題点を指摘したことなどの多くの理由があります。確かに、かつて「奇跡の薬品」といわれ、その殺虫効力の発見に対してノーベル賞まで受賞したDDTによる対象生物以外への強い毒性さらには環境残留性の問題、また人に対し強い急性毒性を持ったパラチオンや環境生物に対し同じように強い毒性のペンタクロロフェノールの問題などがあったのも事実です。また、昨今はネオニコチノイド系農薬によるミツバチへの影響などの問題が生じています。
  しかし、農薬の開発と適正な利用は、多くの農業従事者ばかりか、消費者にも安価で安定して農産物を供給するという恩恵をもたらしてきました。例えば、農業の3大外敵と言われる害虫に対する殺虫剤、病気に対する殺菌剤、雑草に対する除草剤の開発により、単位面積当たりの収量は増加し(例えば、コメの10a当たり収量は、江戸時代は約150kgでしたが、現在は約600kgに増加)、また除草については、除草剤が導入される前は10a当たり約50時間かかっていたのが現在では約2時間となっています。この事実は炎天下の除草という重労働から農業従事者を解放してきたことを意味します。
  ここでは、農薬とは何か、なぜ農薬が使われるのか、農薬の人の健康に対する影響はどのように調べているのか、虫には毒となる物質がなぜ人間には無害なのか、今後どのように農薬と向き合っていくべきかなどについて述べることにします。

  ①農薬とは
  農薬を管理する法律に「農薬取締法」という法律があります。この名称を聞いたときに読者は違和感を覚えないでしょうか。取締法には大麻取締法、覚せい剤取締法、毒物劇物取締法などに見られるように、人の健康に有害な影響を与える物質を取り締まる法律があります。したがって、農薬取締法という名称はいかにも農薬が悪い物という先入観を与えがちです。
  この法律では農薬を以下のように定義しています。
  「農薬取締法の第一条の二:この法律において「農薬」とは、農作物を害する菌、線虫、だに、昆虫、ねずみその他の動植物又はウイルスの防除に用いられる殺菌剤、殺虫剤その他の薬剤及び農作物等の生理機能の増進又は抑制に用いられる成長促進剤、発芽抑制剤その他の薬剤をいう。」
  実際には、効目(薬効)、作物等への悪い影響(薬害)、作物への残留性、人や対象とする生物以外への安全性などが厳密な審査を経て合格し、国の登録を取得したものが農薬となります。この農薬の定義の中に除草剤という言葉が入っていませんが、この法律は昭和23年の制定で、当時は除草剤が開発されていなかったことがその理由です。現在はその他の薬剤という言葉の中に除草剤が含まれるとしています。
  ところで生態系ですが、生態系とはそれを構成する生物による生物的要因と空気、水、光などの非生物的要因が一定のまとまりをもったものを言います。また生物多様性という言葉がありますが、生態系はそれを構成する生物が多種であればあるほど安定します。農地は耕作作物以外のもの、例えば雑草はせっかくの作物用の肥料を横取りしたり、本来の目的の作物の生育の阻害要因にもなり、除草せねばなりません。このように耕作地は極めて単純な生態系になっていると言えます。したがって殺虫剤や除草剤などの農薬が必要になるわけです。このほか、農薬の必要な理由は農作業従事者の労働軽減という意味もあります。
  農業の3大外敵とは雑草、病気と害虫です。雑草の面では、真夏の炎天下に水田で雑草を除去する作業を考えてください。大変な重労働です。除草剤の開発と使用により、除草剤使用前には10a当たり約51時間かかっていた作業が、今では1.7時間に短縮されています。また稲の単位収量も有機リン剤の使用により明治から昭和初期では1ha当たり3トンであったものが、今では6.4トンにもなっています。地球の人口増加を考えた時、同じ面積から2倍以上の収量となるのは素晴らしいことと思いませんか。結論から言えば、必要だから使用しているわけです。農業という産業を考えたなら農薬なしではこの産業は成り立たないと言えます。

  ②農薬は本当に毒性が強いのか。
  ヒトへの毒性には種々の面がありますが、例えばもっとも簡単な急性毒性で考えてみましょう。LD50といいますが、これは実験動物の体重1kg当たり、どれだけ摂取したら試験に用いた動物の半数が死ぬかというデータです。したがって、この値が小さいほど急性毒性が強いということになります。例えばフグの毒であるテトドロトキシンのLD50値は体重1kg当たり0.01mg、たばこに含まれるニコチンは50mg程度、農薬のEPNは25mg程度です。したがって、農薬は必ずしも毒性が強いわけではありません。

  ③虫が死ぬのに、なぜ人間には安全?
  これには次のような理由があります。化学物質が作用するには一定の量が必要です。例えば食塩のLD50値は体重1kgあたり約3000mg、つまり食塩でも体重70kgの人が210gの食塩を一気に摂取すれば半分の人が死ぬわけです。虫の体重は1g以下なので、人間の体重とは1万〜10万倍以上の差がありますので、通常の殺虫作用をもたらす量では人に影響は出ないと言えます。あえて愚かな例を出せば虫は軽く踏んでも簡単に死にますが、人間は踏んだくらいでは死にません。
  より科学的な説明は作用機序といって、効き方が違うのです。蚊の駆除には現在はほとんどが合成ピレスロイドという天然の除虫菊に似た構造の薬物が使われています。ピレスロイドは人や家畜には比較的毒性が低く、蚊にはかなり毒性が強い物質です。なぜ、このような差が出るのか、これは哺乳動物の場合ピレスロイドが神経系に到達する前に分解されてしまうからです。このような種による毒性の差を選択毒性といいます。かつて、お百姓さんに影響を与えたパラチオンですが、人とラットの選択係数は2、ほとんど急性毒性は同じです。しかし、そのあとに開発されたスミチオンの選択係数は約250です。参考までにパラチオン(上)とスミチオン(下)の構造式を載せます。

パラチオン
スミチオン

  二つの構造式を比べてみてください。メチル基(―CH3)が1個入っただけで、選択係数が100倍以上も違ってきます。

  ④残留基準
  農薬として登録されるためには哺乳動物を用いた種々の試験が行われ、餌だけを投与した群と全く変わらない、すなわち影響の出ない量、無毒性量を求めます。
  そして一般的には実験に用いた動物と人の種差を10、人の個体差を10とし、無毒性量の100分の1を一日摂取許容量とし、残留基準が決められます。簡単に言うと、例えばラットより200倍も大きな人間のほうが、100倍も感受性が高いとして基準を決めています。
  それでも農薬は嫌だと言う人への助言です。農薬は水洗いや調理の過程で15%から90%は除去され、また分解されます。よく洗って、葉物野菜なら外側の葉を除くなりし、十分に煮る、炒める、蒸すなどして安心して美味しく食べたらいかがでしょうか。
  また、地球温暖化に伴う耕作不適地の拡大、人口増加による耕地面積の減少、消費者の新鮮かつ安全性志向などへの対策として、人工光源を用いる植物工場での栽培があります。これは従来の「地産地消」ならぬ、お店で栽培し、そのお店で調理販売という「商産商消」とも言えるものです。各作物への適切な光源や肥料の開発など、農業分野との協力により化学の果たす大きな役割が期待されます。
  さらには、食品添加物の開発があります。確かに、かつてはタール系色素やAF2(フリルフラマイド)など、安全性に問題があり禁止された食品添加物もあったことは事実です。しかし、その役割は今更述べるまでもありませんが、例えば保存料などは、腐敗や変敗を防ぎ食中毒から人々の健康を守るばかりでなく、腐敗による食品の廃棄物の減少にも大きく貢献しています。大切なことは「天然物は安全、合成物は危険」などと食品添加物をひとまとめに忌避するのではなく、それがアスコルビン酸のようにこれまで長年人が食してきた食物の成分の一つであるのか、または新たに人により開発されたものなのか等の側面からの判断が必要です。寺田寅彦先生の言われる「正しく怖がる」ということを消費者は学ばねばなりません。

  次回(第2回)は、SDGsと化学産業の貢献について、SDGsゴール3以降の著者の考えを記述します。

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第2回 化学産業の持続可能な発展に向けての提案 (2)

【2】SDGsと化学産業の貢献(2)

  前回に引き続き、SDGsの17項目の中から特に化学との関わりのあるものについて紹介をし、著者の考えを述べることにします。カッコ内の番号はSDGsのゴール番号を示します。

(3)すべての人に健康と福祉を・・・あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する。

  ここでは13のターゲットが示されていますが、著者は特にターゲット3.3「2030年までに、エイズ、結核、マラリア及び顧みられない熱帯病といった伝染病を根絶するとともに肝炎、水系感染症及びその他の感染症に対処する。」に注目しています。これには医薬品の開発をまず挙げなければなりません。明治時代から昭和20年代まで、「国民病」「亡国病」と恐れられた結核は、昭和25年には日本の死因第1位でしたが、栄養状態の改善と、ワックスマンが放線菌から作り出したストレプトマイシンなどの抗生物質やその後の種々の医薬の開発で、ほぼ克服しつつあります。ちなみに、現在の我が国の結核による死亡順位は第30位です。また、1980年には天然痘について世界保健機関(WHO)により根絶宣言が出されています。
  このほかマラリア対策として、ポリエチレンにピレスロイドを練りこんだ蚊帳の開発は日本ならではの対策であり、かつ現地での雇用を増大させたという点も評価したいと思います。使用されている合成ピレスロイドは除虫菊の殺虫成分の基本構造を参考に開発されましたが、前回(第1回)でも述べましたように、これらは人や家畜などの哺乳動物には比較的毒性が弱く、蚊などには大きな毒性を持っています。これはピレスロイドが神経系に達するまでに哺乳動物は分解代謝できますが、蚊などはこの酵素を持たないためと考えられています。

(6)安全な水とトイレを世界中に・・・すべての人に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する。

  ここでは8個のターゲットが示されていますが、著者はターゲット6a「2030年までに、集水、海水淡水化、水の効率的利用、排水処理、リサイクル・再利用技術を含む開発途上国における水と衛生分野での活動と計画を対象とした国際協力と能力構築支援を拡大する。」を取り上げたいと思います。
  「20世紀の戦争が石油をめぐって行われたとすれば、21世紀は水をめぐる争いの世紀になるだろう」。これは、1995年当時世界銀行副総裁であったイスマル・セラゲル ディン氏の発言です。また21世紀の水問題を象徴する以下の言葉があります。
  「Too much water to control, too little water to survive.」

(7)エネルギーをみんなにそしてクリーンに・・・すべての人々に手ごろで信頼でき、持続可能かつ近代的なエネルギーへのアクセスを確保する。

  ここでは5つのターゲットが示されていますが、著者は特にターゲット7.2「2030年までに、世界のエネルギーミックスにおける再生可能エネルギーの割合を大幅に拡大させる。」に関心を持っています。
  かつて、サウジアラビアのヤマニ元・石油鉱物資源相は「石器時代が終わったのは石が無くなったからではない。同様に石油時代は石油が枯渇するずっと前に終わるだろう。」と言いました。石油という化石燃料の使用は地球温暖化の問題、さらには化学の原料としての石油の枯渇問題もあります。これらの対策には、再生可能なエネルギーとして、風力、太陽光、地熱などがありますが、化学の活躍する領域として太陽電池パネルの開発があります。現在、我が国において再生可能エネルギーの中で太陽エネルギーによる発電量の割合は17.5%となっています。2012年度までは約10%程度で推移していましたが、特にFIT制度(固定価格買取制度)による太陽光発電を中心とした大量導入により6年間で約1.7倍になりました。2017年現在のモジュール変換効率は15~20%程ですが、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2025年までにモジュール変換効率を25%、2050年までに40%への推移を目標にしています。
  太陽電池パネルは駆動するものが電子であり、そのためほぼメンテナンスフリー、さらには騒音が全くゼロという利点もあります。各家庭の屋根ばかりでなく工場や体育館、駅のホームの屋根などに設置するなど、さらに発展が期待できる領域です。

(12)作る責任、使う責任・・・持続可能な消費と生活のパターンを確保

  ここでは11のターゲットが示されていますが、この中でも著者はターゲット12.4「2020年までに、合意された国際的な枠組みに従い、製品ライフサイクルを通じ、環境上適正な化学物質や全ての廃棄物の管理を実現し、人の健康や環境への悪影響を最小化するため、化学物質や廃棄物の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する。」に関する化学の大きな役割を期待しています。ここで大切な部分は化学物質のライフサイクルを通じた管理であり、環境上適切な化学物質の開発です。化学物質は「諸刃の剣」であり、賢く使う必要性、そのための教育の必要性を痛感しています。
  20世紀は安全を求めた世紀でしたが、21世紀は安全・安心な世紀にすることが重要であり、この安全と安心をつなぐものがリスクコミュニケーションと言えます。米国NRC(National Research Council)は、1989年にリスクコミュニケーションを以下のように定義しています。
  「リスクについての個人、機関、集団間での情報や意見のやり取りの相互作用的過程」
  この定義にあるようにリスクコミュニケーションの目的は、ある問題に関して関係者の間で合意に達することではないことに注意する必要があります。結果として合意に達することは望ましいことですが、初めから合意を目標とすると、コミュニケーションではなく説得になってしまいます。また、リスク情報の単なる報告会でもありません。報告会では情報や意見のやり取りの相互作用的過程が欠けてしまいます。我が国では本来の意味のリスクコミュニケーションがこれまでに十分に行われておりません。その理由としては、企業幹部の「できればやりたくない、糾弾される恐れがある」という消極的志向、また地域住民のリスクコミュニケーションに対する過大な期待、すなわち、リスクコミュニケーションを実施すれば自分たちの意見が認められるという認識の相違などが、リスクコミュニケーションがなかなか根付かない理由と考えられます。
  しかしながら、リスクコミュニケーションを実施した企業からは、これを契機に会社の幹部をはじめとする社内の環境意識の向上と見直しのよい機会となったことが挙げられています。一方、準備に時間と労力がかかるなどの問題点も指摘されています。参加した住民からの評価はおおむね好評であり、会社への親近感が増したなどの意見が寄せられています。化学産業においても現在実施しているレスポンシブル・ケア活動を今後さらに充実させ、真の意味のリスクコミュニケーションに昇華させるさらなる努力を期待しています。
  化学物質の安全・安心をさらに増すためにも、リスクコミュニケーションの役割がますます増大しています。そのためにもいわゆるリスクコミュニケーターの養成が喫緊の課題です。リスクコミュニケーターに必要な資質は、難しいことを優しく説明できる能力と、関係者から信頼を得るための人間性です。この意味で、リスクコミュニケーションは人間科学の一分野として位置づけられるべきと考えています。実際に化学物質を安全に使用するためには、以下のような注意が必要です。
  「まぜるな危険」という表示が塩素系トイレ洗浄剤に印字されているのをご存知と思います。これは塩素系洗浄剤と酸との混合で塩素が発生し、死亡事故が起きたためです。化学物質についてはまずその性状をきちんと知ることが大切です。このためには、以下等が参考になります。

  1. 表示ラベル
  2. 製品安全データシート(SDS)に記載された情報
  3. 食品安全委員会発行の「食品健康影響評価書」
  4. 経済産業省による「有害性評価書」、「化学物質の初期リスク評価書」
  5. 環境省による「化学物質の環境リスク初期評価」

  このほか、可能な限り少量を心がける、また作業はドラフト内で行うこと、さらには混合禁忌に注意をすることが大切です。さらには当然ですが、使用基準をきちんと守ること、例えば洗剤の場合、標準使用濃度は洗浄力が最も高くなる濃度に定めてありますが、これは臨界ミセル濃度より少し高濃度側にあります。したがって、これより多く使っても洗浄力は強くならないばかりか、濯ぎにかえって余計な水を必要とすることになります。
  また、農薬ですが、使用基準を超えた濃度や回数で農薬を用いてもその効果は増すものではありません。逆に薬害と言って農薬を散布した結果、作物の葉が枯れたり、葉が黄色くなったりと光合成機能に影響が出て、果実が大きくならないこともあります。特に天候不順や生育障害により順調に発育していない場合は、薬害が起きやすいことを理解してください。

(14)海の豊かさを守ろう・・・海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し、持続可能な形で利用する。

  ここでは10のターゲットが示されていますが、特にターゲット14.1「2025年までに、海洋ごみや富栄養化を含む、特に陸上活動による汚染など、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、大幅に削減する。」に注目しています。
  環境問題の解決には技術的手法と制度的手法の両者が必要です。制度的手法としては、以下が挙げられます。

  1. 規制的手法:罰金や操業停止などの最も強力な手法ですが、基準値の設定など施行に時間がかかります。また、規制値は国としてnational minimum になります。あまり厳しい規制値では対応できる企が限られてしまうためです。
  2. 経済的誘導手法:これには温暖化防止税、有害物質の環境排出量に応じた課徴金、廃棄物の有料化、デポジット制度などがあります。この手法は個人や企業の意識改革により、よりよい環境の創出につながると言えます。また、環境問題が従来の産業型環境問題から都市型・生活型環境問題にシフトしてきており、この手法の重要性がますます大きくなっています。例えば、家庭からの廃棄物発生抑制に従来の規制的手法の適用は無理です。ここでは1972年の経済協力開発機構(OECD)の汚染者負担の原則(Polluter Pays Principle)について述べます。
    (ⅰ)環境汚染の防止、又はその修復にかかわる費用は汚染を したものが自ら負担をしなければならない。
    (ⅱ)企業が環境配慮に要した費用は製品やサービスの価格の 中に含まれねばならない。最終的にはその製品やサービスを受けた人が市場を通して負担する。
    上記の(ⅱ)は、外部不経済の内部化といわれる考え方です。
  3. 計画管理的手法・・・いわゆる環境アセスメントです。事業が行われる前に環境への影響を事前に把握し、必要なら計画の修正をすることになります。
  4. 契約的手法・・・企業が行政などと排出基準などの契約を結び、環境保全に努めることです。
  5. 事業手法、買取手法・・・例えば、土地を皆で買い取り、開発を防ぐことなどがあります。
  6. 啓蒙的手法・・・国民の理解と良心に基づく手法ですが、善良な市民しか協力をしていただけないという弱点があります。ノーカー・デーなどがあります。

  ここでは経済的手法を取り入れた、最近大きな問題となっているマイクロプラスチックの問題について述べます。
  2020年7月1日から、小売業を営む全ての事業者が対象となるプラスチック製買物袋(レジ袋)の有料化が始まりました。レジ袋の有料化は、海洋プラスチックごみ問題、地球温暖化問題、さらには石油資源の枯渇対策などの問題に対処しようとするものです。本来なら国民の理解を得てマイバッグ(エコバッグ)の持参などが望ましいのですが、レジ袋が軽くて強く、さらには防水性に優れていることもあり、なかなか削減は難しい状況でした。塩ビ工業・環境協会が発行している「塩ビと環境のメールマガジン」のNo.676(2020年7月9日発行)では下記のように述べています。
  「日本でのレジ袋の消費量はレジ袋の出荷量と輸入量を合わせて年間約20万トン(年間300億枚強)と推計されています。プラスチックごみを減らすために、使い捨て(シングルユース/ワンウェイ)プラスチック製容器・包装の抑制に向け、既に海外では、フランス、イタリア、イギリス、中国など多数の国・地域でレジ袋の有料化や使用禁止が広まっています。欧州連合(EU)では、使い捨てプラスチック製品に関する使用規制案が2019年5月21日、EU理事会で採択され、EU加盟国は2021年7月3日までに国内法を定めることになっています。」
  なお、今回の我が国のレジ袋有料化の対象の例外については次の通り定められています。

  1. プラスチックのフィルムの厚さが50マイクロメートル(μm)以上のもの
  2. 海洋生分解性プラスチックの配合率が100%のもの
  3. バイオマス素材の配合率が25%以上のもの

  1.について、これは繰り返しの使用が可能なため、レジ袋の使用抑制に寄与するという理由からと思います。2.については、これは海洋に流失したレジ袋等が海域で分解してしまえば、クジラなどに誤って食される恐れがなくなるから、という理由と思います。3.について、私はこの例外については反対です。確かにバイオマス素材が25%以上含まれれば、石油資源の保護に繋がります。しかし、このような素材は、バイオマス部分は分解(モノマーに分解され、さらにモノマーが水や二酸化炭素などの無機物質に分解)しますが、そのほかの部分、例えばポリプロピレン部分は分解でなく、粉々になる崩壊(ポリプロピレンとしての分子量はほぼ維持される)をします。環境問題を考える時、私たちは分解(degradation)という言葉と崩壊(deterioration)という言葉の意味をよく考え、区別して対応すべきです。
  プラスチックによる廃棄物対策の一つの方向として、生分解性プラスチックがあります。生分解性プラスチックの問題として価格の問題がありますが、これに加えて著者は倫理面からの危惧を持っています。「不要になったら環境へ廃棄」でよいのでしょうか。著者は生分解性プラスチックの用途としては、医療用の施術糸、そのほか回収再利用が困難な用途、具体的には農業用シート、紙おむつ、漁業用の網や釣り糸などに限定すべきと考えています。

  次回(第3回)は、グリーンケミストリ―の12か条を中心に、今後の化学産業の在り方について著者の考えを記述します。

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第3回 化学産業の持続可能な発展に向けての提案 (3)

【3】グリーンケミストリー

  グリーンケミストリーとは、アメリカ大統領科学技術政策担当官であったポール・アナスタスによって提唱された、新しい化学と化学工業のあり方を目指す行動指針です。以下、いくつかの項目について著者の考えを補足として記述することにします。

グリーンケミストリーの12か条
(1)廃棄物は「出してから処理ではなく」、出さない
  全く同感です。これからの社会は、例えば、医療面では如何に治療するかでなく如何に疾病にかかるのを予防するか、防火面では如何に消火するではなく如何に火災を出さないかの防火、保安面では如何に修理するかでなく如何に不具合を事前に見出し部品等の交換をするかの保全が問われております。すなわち予防です。
  我が国では、廃棄物対策として3つのR(Reduce、Reuse、Recycle)が推奨されています。これらの3Rは並列ではなく、まずReduce、次にReuse、最後がRecycleと考えるべきです。言い換えれば、最も大切なことはReduceであり、Reduceできない場合の方法として、ReuseとRecycleがあるということになります。エネルギー資源および鉱物資源の枯渇化対策として、循環型社会の創設がありますが、大量生産→大量消費→大量廃棄または大量リサイクルではなく、適量生産→適量消費→適正廃棄またはリサイクルを考えねばなりません。資源エネルギー低投入型循環型社会といいますが、もっと分かりやすく言えば「スローな循環」にしなければなりません。物のライフサイクル、すなわち、製造、流通、使用、廃棄またはリサイクルをいかにスローな循環にするかです。言うまでもありませんが、そのためには使用のステージを長くすること、すなわち、再使用に耐える製品が望ましいのは言うまでもありません。使い捨て文化は資源、エネルギー的にも不利です。物は長く使うことにより、単なる工業製品に思い出などの情緒面も加わります。使い捨て文化はその製品に関わる使用者の思い出も捨てることになります。「安物買いの銭失い」という言葉があります。我が国はこれまでフローの経済で発展してきましたが、これからはヨーロッパに見られるような落ち着いたストックの文化にしたいものです。

(2)原料をなるべく無駄にしない合成をする
(3)人体と環境に害の少ない反応物や生成物にする
  化学物質のリスクはその物質自体の持つハザードと暴露の関数で表されます。したがって、理論上は暴露をきちんと制御すればリスクを低くできますが、実際には有害性を暴露の面からコントロールすることは極めて難しいといわざるを得ません。このことはアスベストを扱う工場の作業員の妻が夫の作業着の洗濯をし、中皮腫にかかったという事実からも認識できます。我が国の化学物質審査規制法で、第1種特定化学物質についての考え方も同様です。すなわち、分解性がなく、高度な蓄積性及び人や環境生物への毒性を持つ物質は第1種特定化学物質として原則製造・輸入が禁止されますが、これも暴露による管理が極めて困難であることによると著者は考えています。

(4)機能が同じなら毒性のなるべく少ない物質をつくる
  現在の化学物質審査規制法では、機能面の優劣を審査時に考慮しないという点があります。これは我が国だけでなく、世界的にも同じ考え方です。化学物質審査規制法の判断基準の中に、新たに認められる化学物質の評価に既存品との性能面での比較をぜひとも加えるべきと考えています。例えば染料の場合、同じ有害性であるならば色の鮮やかさや耐久性が良いこと、また同じ色の鮮やかさや耐久性であるならば有害性が小さいこと、といった性能面の評価も今後入れるべきと考えています。

(5)補助物質を減らし、無害なものを使う
(6)省エネルギーを心がける
  これはエネルギー資源の枯渇、地球温暖化の面からも当然のことであり、後述します。

(7)原料は枯渇資源ではなく再生可能な資源から得る
  この件についても著者の考えを後述します。

(8)途中の修飾反応はできるだけ避ける
(9)できる限り触媒反応を目指す
  高温、高圧の化学反応を、触媒を用いることでより低い温度、より低い圧力で行えればエネルギーの有効利用、作業者への安全の面からも望ましい方向といえます。

(10) 使用後に環境中で分解するような製品を目指す
  この件についても後述します。

(11) プロセス計測を導入する
  最適な反応条件を維持すること、爆発などの化学事故を防ぐ面からも重要です。

(12)化学事故につながりにくい物質を使う

【4】今後の化学産業に特に取り組んでいただきたい事項

  上記のグリーンケミストリーの12か条のうち、ここでは特に(7)及び(10)、さらには温暖化対策として(6)について詳しく述べることにします。

(7)原料は枯渇資源ではなく再生可能な資源から得る
  近代化学工業は、製鉄に使用するコークスの製造時に副生するコールタールの利用から発展してきました。このタールは悪臭がひどく、また水生生物への毒性も強い厄介ものでしたが、タールの蒸留により得られるベンゼン、ベンゼンから作られるアニリンにより、天然染料に代わって人工的に染料が合成されるようになりました。石炭は、エネルギー資源としても化学工業原料としても固体であり、使いづらく、また廃棄物処理も大変でした。ガソリンエンジンの開発(これは石炭による従来の外燃機関から内燃機関への転換を意味します。)により多くのガソリン留分を得るために石油クラッキングが行われ、副生するエチレン等のガスの利用として高分子化学が発達してきました。ここで合成され使用されたプラスチックの問題については、前回(その2)で述べました。石油も石炭も枯渇性の資源です。私はこれらの資源を燃料ではなく、化学の原料として使用すべきとの持論ですが、枯渇性であることには違いありません。石炭、石油はかつての昔の太陽の産物です。すなわち、地下の太陽とも言えます。ここで大切な方針として、再生可能な植物から得ることへの転換を提案します。次世代に資源を残すことは環境倫理からも大切なことです。環境倫理では、①世代内倫理、②世代間倫理、③人以外の生き物への倫理、を考えます。世代間倫理として、現世代は後世代に対して責任があるとする考え方です。植物の利用は、地上の太陽の利用とも言えます。すなわち、「地下の太陽から地上の太陽へ」の転換を提案する次第です。植物(トウモロコシなど)→でんぷん→アルコール発酵→乳酸→ポリ乳酸などはすでに開発されている技術です。

(10) 使用後に環境中で分解するような製品を目指す
  ここでは「環境中で分解する」の意味を生分解、すなわち微生物の作用で無機物にまで分解されるという意味で述べます。 かつて、環境問題を起こした物質、具体的には化学物質審査規制法で第1種特定化学物質として指定されているPCB、DDT、アルドリンなどの物質はいずれも環境中で難分解であり、魚介類に高度に蓄積し、人や環境生物に有害です。したがって、化学物質審査規制法上では難分解性だけでは規制できません。確かに、化学物質の用途によっては生分解しては困るものが多々あります。しかし、生分解しても性能に影響の無い用途に対しては生分解性物質に転換すべきと思います。その理由は、

  1. 現在の化学物質審査規制法では生分解性がなくても、生物濃縮性が無ければ、ある製造・輸入量まで(年間10トン)は環境生物への影響を見る試験が要求されていないこと。
  2. 生分解されない化学物質が今後継続的に使われると、環境中の濃度が高くなり、生態系への悪影響が考えられること。
  3. 現在われわれが有している生態毒性試験法は、生態系への影響、すなわち生態系の構造と機能への影響、を予測するものではなく、個々の生物への毒性を見ているにすぎないこと。
  4. また、個々の生物への毒性もあくまで外的変化(生死、成長、繁殖、挙動)についての知見であり、外に現れない影響、例えば将来影響が出るかわからない遺伝子レベルの変化などは対象になっていないこと。
  5. 高分子物質と通常の低分子物質を一緒にしてはいけませんが、プラスチックによる海洋汚染などの問題はプラスチックが環境中で分解されないことが原因であること。

などが挙げられます。

(6)省エネルギーを心がける
  これは化学産業ばかりでなく、すべての産業及び民生に必要なことであります。ここでは省エネというエネルギーの使用方法でなく、今後どのようなエネルギーを使用すべきかについて著者の考え方を述べましょう。
  エネルギー使用に関連した最も大きなトピックは地球温暖化です。いわゆる温室効果ガスには種々のものがありますが、その中でも二酸化炭素が最も大きな貢献をしております。日本ではエネルギー使用に伴う二酸化炭素の温暖化に及ぼす影響度は90%程度といわれています。地球環境問題は「原因及び被害が複数の国にまたがるため、一か国の対策のみでは対処しえないような環境問題」と定義されます。これには主として、開発途上国に起因する森林破壊、砂漠化、野生生物の減少及び海洋汚染があります。その原因は人口増加につきます。一方、先進国に起因する問題として、温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨及び海洋汚染がありますが、その原因は高度な経済活動と化学物質の使用にあります。
  なかでも地球温暖化はその被害の範囲が人の健康ばかりでなく海面上昇、異常気象の頻発などその範囲が極めて広いこと、また主たる原因が二酸化炭素であり、これはエネルギー問題に関わるため解決が極めて困難なことが挙げられます。エネルギー問題の解決には私たちの価値観の転換、ライフスタイルの変更までが必要になるためです。
  私はかつてエネルギー資源をほとんど輸入に頼る我が国においては、エネルギー安全保障及び地球温暖化の面から原子力発電をベースロード電源とすべきと考えていました。ウランは比較的政情が安定な国から輸入されていることも理由の一つです。原子力発電で最も重要なことは連鎖反応の制御であり、2004年10月23日の新潟中越地震でも柏崎刈谷原子力発電所では地震計がきちんと作動し、制御棒の挿入により連鎖反応を止めています。これらの事実から、私は日本の原子力制御技術の高さに安心をしていました。しかし、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では、福島第一原子力発電所の全電源喪失のため、ポンプを稼働できなくなり、原子炉内部や核燃料プールへの注水が不可能となったことで、核燃料の冷却ができなくなり、水蒸気爆発とメルトダウンを起こし最悪の原発事故となってしまいました。この事故以来もはや我が国においては新規の原発の設置はもとより、既存の原発でもなかなか再稼働が認められない状態になっています。
  地球温暖化問題は世界各国でも喫緊の問題であり、各国が二酸化炭素の排出を抑制する方針を出しています。エネルギー選択には、①価格、②供給の安定性、③資源の枯渇性、④開発と使用時の環境影響、を考えねばなりません。残念ながら現在、一種のエネルギー源でこれらの4つを満足するものはありません。したがって、各国はエネルギー・ミックスといって、種々のエネルギー源を組み合わせています。
  「RE100プロジェクト」というものがあります。これは事業活動によって生じる環境負荷を低減させるために2014年に設立されたイギリスに拠点を置く環境イニシアチブであり、事業運営に必要なエネルギーを100%、再生可能エネルギーで賄うことを目標としています。加盟企業は、事業活動において使用するエネルギーについて、100%再生可能エネルギーへの転換期限を設けた目標達成計画を立て、事務局の承認を受けなければなりません。全世界では、現在221社がRE100に参加(2020年1月)しており、このうち、日本企業は25社です。金融機関、建設会社などが主であり、残念ながら純粋な化学会社は見当たりません。金融機関も企業の温暖化対策やその他の環境配慮について、種々の方向性を出しています。例えば、3メガバンク・グループは石炭火力発電に対し、融資を「原則実行しない」、または「実行しない」と宣言しています。このほか、銀行によっては企業の環境配慮により金利を変える動きがあります。我が国の企業は世界でも省エネに関して優秀であるといわれています。しかしそもそも使用しているエネルギーは化石燃料由来です。
  世界の動きを見ますと、化石燃料由来のエネルギー使用企業には金融機関から融資が受けられなくなること、また消費者によりボイコットされる恐れがあります。化学製品およびその生産の環境配慮の中に、化石燃料由来の電力を可能な限り低減するという方針を是非とも入れていただきたいと思います。これは単に企業存続のためばかりではなく、地球温暖化防止という人類共通の課題であるからです。

【5】終わりに

  現代社会は化学なくしては成り立たないことは自明の理です。かつての公害時代は窒素や硫黄の酸化物である化学物質が大気汚染の原因、その後は人工的に合成されたDDT、PCB などの有機微量物質による環境汚染、さらには地球環境問題としてCFCs(フロン)などの化学物質が問題視されてきました。しかし、政府、企業、科学者の努力でこれらの問題を乗り越えてきました。
  先にも述べたように化学物質は「諸刃の剣」です。いかに賢く使うか、そのための教育、特に早いうちからの教育の必要性を痛感しております。「スズメ百まで踊り忘れず」と言います。小さい頃に染み付いた習慣や考え方は、大きくなって教育してもなかなか変わりません。寺田寅彦先生の言葉に「物事を怖がりすぎたり、怖がらなさすぎたりすることは易しいが、正当に怖がることは中々難しい」とあります。各自が正当に怖がり、化学物質の有用性を最大限発揮させる使用法が多くの人に理解されるよう、微力ながら頑張る所存です。

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